びっくり・ボディブロー・ラブレター

「びっくりしたよ。起きたらだれもいないんだもの」


 部屋に着いた時、不満そうに頬を膨らませる隆司りゅうじくんはそう一言絞り出すように言うと黙ってしまった。


 管理人は脚本家がどこかへ連れて行ってしまった。去り際に『ボーイご苦労だった。お礼はまた今度な』そう残していったその姿はなんだか大人っぽくてたすくはぽかんと見ていることしかできなかった。


「ごめんなさい」


 氷姫ひめが隆司くんに頭を下げる。どうやら黙って出て行ってしまったことを言っているらしい。それを見ても、隆司くんは機嫌を直してはくれなくて、そっぽを向いたままだ。一緒になって佑も頭を下げたけれど、隆司くんの態度は変わらない。


 それはそうだろう。夜寝ていたら、ひとりきりにされて突然起きたらだれもいないのだ。不安になるに決まっている。いや、そもそも氷姫が付いてくるなんて想定外だったのだから仕方がないのだけれど。文句を言っても仕方がないのも確かだ。


「な。おいしいものでも食べにこう」


 もう朝方だ。ホテルの朝食はビュッフェ形式だと聞いている。隆司くんが食べたいものを好きなだけ食べればいいと思った。でも、それすら反応しない隆司くんの態度がボディブローのように効いてくる。


 まさか、こんな試練が最後に待っているとは思わなかった。このまま、帰ったらつとむさんになっていっていいかもわからない。


 初めてラブレターを送った時の事を思い出す。何も返事がなかったあのラブレターはとっくの昔に捨てられてしまっているのだろう。でも、今はまだ目の前に隆司くんがいる。


「どこか行きたいところがあるなら一緒に行くから。な。どこいきたい?」


 これまでぴくりともしなかった隆司くんが反応した。ようやく食いついたワードを出せたことに一安心する。

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