ライセンス・石の上にも・ありがとう

「なにが始まったのよ。何も起きてないじゃない。なんかのいたずらかなんか?」


 声だけ聞こえたのだけれど、何も起きないことに不安をいだいてしまっているようで夏希なつきがそわそわし始める。


「落ち着け。実際なにか起きているわけじゃないし、なにか起きると決まったわけでもない」


 知らないおじさんの一言が、こんなにも効果的だったのは何かが起こりそうな予感だけがそこに会ったからかもしれない。七日間戦争というのはそれを象徴しているようにも思える。


「あ、ありがとう」


 少しは冷静さを取り戻した夏希は喜美子きみこがいないとちょっぴり不安そうに見えた。


「なあ。結局七日間戦争ってなにしてんだ?」


 これまでぶつけられなかった質問だ。具体性のある答えを聞いてこなかった。それが今は後悔している。


「はぁ?何を今更。語り部たちが一斉に集まることで周囲の世界の認識をごまかすためのイベント開催期間よ。特に私たちアイドルを集めて非日常を演出することで世界の認識を歪めるの。あれ。もしかしたらこいうことが起きてもいいのかもしれないって世界に思わせる。そうすることで語り部としての力を発揮しやすくするの」

「なんのために?」


 世界の認識なんて強固のほうがいいに決まっていると思っていた。そうすれば名前のない物語なんかが発生する機会も減るし、語り部の力を使って悪さするやつも減る。でもこのイベントは逆のことをやろうとしているのだ。それは不思議なことだ。


「そりゃ年々増えてる物語の暴走に対抗するためって」

「物語が暴走?」

「あんたそんなことも知らないで語り部やってるの?印刷技術の発展とともに広がっていった語り部だけど、近年の情報が氾濫するなかで物語ひとつに対して人が触れる機会がものすごい勢いで増えていったの。そしたら何が起こったかっていうと、物語自身が力をつけ始めてこの現実世界に溢れ出した。最初は発生率が上がったのは偶然だと思われていたけれどそれは年々増加している。それに対抗するために語り部を集めている組織が増えてきてるの。中にはライセンスを発行してる組織も増えてきた。その中のひとつ世界図書機構が企画しているのがこのイベント。わかった?」


 つとむさんが色々なことをはしょっているのはわかった。でも喜美子はもっとなにかを知っているようだと、何かが始まるとおじさんによって宣言されたのは偶然ではない気がする。


「理屈は通ってる。でも、やり方がなにかおかしい気がする」

「おかしいってなにがよ」


 石の上にも3年とは違う。ただ時間が過ぎるのを待っているだけではだめなのもわかる。物語が暴走するのが情報化社会が原因ならなおさらだ。


「きゃあぁあぁーーーー!


 突然ホールの中で悲鳴が聞こえたのはそんな時だった。

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