救世主・半分・ナイス

「彼はこの世界の救世主になりえるというんですか」


 黄昏書店。その店内の奥にあるカウンターの前に腰掛けるように背の高い椅子に座った状態で彼、神楽かぐらつとむはその言葉を聞いてゆっくりと頷いた後、ちょっとだけ困った顔をしてくる。そんな表情を見せるなんていつも世界の管理者みたいな顔をしている彼にしてはとても珍しいことだ。


「正直わからないんだ。こんなことは初めてだのことだろうから。実のところ半分半分だと思っている。彼がこの世界に持ち込んだ力はあまりにも異質なものだ。本来物語からしか得られない力をほかならぬ彼自身から引き出せてしまうそれは、かろうじてバランスを取っていた世界にどんな影響を与えるか分からない」


 そうなのだ。だから彼の存在が明らかになったとき緊急の会議が行われた。でも結論は彼の始末ではなく、彼を物語に関連する事件に積極的に関わらせるとうものだった。


「神楽は一体彼に何を望んでいるんです。この世界の安然ということではないのでしょう?積極的に物語に干渉している神楽なんだ。その真意くらい教えてくれてもバチは当たりませんよ」


 たまたまとはいえその彼の情報を得られたのはラッキーだった。暴走した機械仕掛けの男を追っておいて正解だったとも言える。


「神楽の総意が私の意見ではないよ。組織と私は別物。組織は彼を救世主にしてある程度、組織の求心力を高めることを狙っているようだが私としては少し危険だと思っているしね。ただ彼の存在がこの世界にパラダイムシフトを起こすような気はしている。もっと気軽に物語の力を振るえる世界が待っているのかもしれない」


 その表情に、背筋に悪寒が走る。あまりにも深い闇を感じる。あまりに深淵を覗いているようなその恍惚とした表情に怯えている自身に気が付いたのだ。


「そ、そんな世界で人間はどうやって生きていくと」


 そんな世界。想像もできなかった。


「さあ。物語は想像を超えるから面白いんじゃないか。人間の創造は想像を超えることはない。でも物語の力であればそれは逆転する。だから今考えても仕方のないことだと思うよ」


 本の匂いに囲まれたこの小さな書店にいる間にこの人は何を見たんだだろうか。もとはこんな人じゃなかった気もする。もっと人懐っこくて、無邪気だったような。


「その意見ナイスだね」


 見た目と似つかわしくない言葉を発しながら隆司りゅうじと呼ばれた子どもが勉の腰辺りをポンッと叩く。身長が足りなかったのだろうか。本来はもっと高いところに手を届かせたかった様に見えた。


「だからこれ以上君に情報を与えることはできないんだ。帰って貰っていかな。そろそろ彼も帰ってくるだろうしね」


 その言葉に素直に従うことしかできなかった。

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