思い出と一緒に

  今日の天気は快晴。雲一つない空で、僕の猫にあった人同じ空をしていた。背伸びをして、手を空に伸ばせば、蒼い壁に触れるんじゃないかと思うくらい、気持ちも晴々する。

 僕は錬お兄さんと一緒に建物を出た。その時に、テレビのニュースの声が少し聞こえた。「小学生の少年を殺害した犯人の謎の死について」というタイトルを、ニュースキャスターの人が言っていた。

 一旦は僕の家に近い駅に行くことにした。探し始める場所としては、僕の家から探すのが良い方法だって錬お兄さんが言っていた。お母さんに会っちゃうかもしれないと心配したけど、錬お兄さんは大丈夫だよって優しく言ってくれたし、多分大丈夫だと思う。

 駅からスタートして、家に行かないように遠回りをする感じでお兄さんが先を行くので、僕はその後を追うようにして歩いた。隣にはお兄さんの猫がぴったりといて、時折僕のことを見上げていた。その度に僕たちは目を合わせる。まるで、僕が僕の猫と散歩をしている時と、ほとんど同じような感じがあって、とても心が和んだ。

 ちょっと歩いた時、僕たちが歩いているところが、いつもの散歩道で、あの秘密基地がある道だと気付く。そして、ちょうど目の前に、いつも散歩で見かけていたちょっと大き目な公園があった。


「ここの公園……」

「何か思い出があるのかい?」

「う、うーん。あまり楽しくない思い出ならあるけど……」

「あらら、そうなんだ。何かあったのかい?」

「僕の猫と一緒に、ここで思いっきり遊びたかったんだけど、ここっていつも色々な人がいて、遊べなかったんだ。僕の猫は人気者で、ここまで散歩に来ると、いつも僕たちを囲う人たちがいたんだ。だから、ここは遊べない場所だったんだ」


 思い出す度、ほんの少し悲しくなる。いや、本音を言えば結構悲しい。一度でも良いからここで僕の猫と一緒に思いっきり遊びたかった。僕の猫は遊び好きなのに、あっちから素直に遊びに来ることをしないから。


「そうだったんだね。それは確かに悲しい思い出だ。――うん、それじゃあ、代わりになるか分からないけど、この猫を、君の猫のように思って、ここで思いっきり遊んでみよう」

「え、でも……」

「大丈夫。今の時間は誰もいないし、遊んでいたら君の猫が出てくるかもしれないじゃない? さあ、その時に出来なかったこと、今ここで思いっきりやってみよう。後悔のないようにね」


 錬お兄さんは僕の手を引っ張り、錬お兄さんの猫は先頭を走っていく。最初は戸惑ったけど、それでもいつも散歩で考えていたことが、少しだけ実現できるのなら、それも全然ありなんじゃないかと思った。そして気づくと、錬お兄さんの猫を追っかけて、一緒に滑り台を滑り、木登りを一緒にやっていた。今の僕は水の中から這い出たように、息を大きく吸い、とてつもない開放感に心が喜んでいた。錬お兄さんは、遠くで静かに僕たちを見ていた。その目は嬉しそうという感じだけじゃない。それは感じられた。

 大満足した僕たちは再び僕の猫を探す旅に出た。お兄さんの猫と歩いていると、僕の猫ととの散歩の思い出が、溢れるようにどんどんと思い出してくる。道中の景色、川、橋、林の道に商店街。移り行く光景と思い出は、先ほどの悲しい思い出だけじゃなく、楽しかった思い出を巡っていく。桜がたくさん咲いて、舞い散る花びらを追った春。一緒に川に入って歩いて、アイスを分けて食べた夏。林の道にあるベンチで、紅葉の雨の中一緒に焼き芋を頬張った秋。商店街の優しいおばちゃんおじちゃんからもらったコロッケや肉まんを雪が降る中に食べた冬。それ以外にも、たくさんの思い出がよみがえってきた。どうしてさっきまでこんな楽しい思い出が出てこなかったのかが不思議なくらいに、楽しい思い出が溢れてくる。確かに悲しい思い出もあったはずなのに、それは全部楽しい部分の思い出に置き換わって、思い出していく。気づくと、僕は泣いていた。上を向いたけど、晴れた空に振る天気雨のようだ。虹はかからないけど、でも、揺らぐ水面の向こうは綺麗な空をしていた。


「楽しい思い出がたくさんあったんだね」

「うん。でもおかしいんだ。確かに、楽しかったことも多かったけど。でも、悲しかった思い出も一緒にあるはずなんだ。風を引いたとか、転んで足を怪我したとか。それに、楽しかった思い出を思い出しているのに、涙が出てくるんだ。なんでだろう。悲しくないのに、息が苦しくなるんだ」

「それは、なんでだろうね。でも、良かったね。楽しい思い出がたくさんあるんだ。悲しい思い出だけじゃない。悲しい思い出と一緒に、楽しい思い出も、君の一部なんだ。今の君の心に反応して、思い出も喜んでいるんだよ。さあ、歩みを止めないで行こう。そろそろ君の秘密基地に着くんだ」


 歩きながら、錬のお兄さんは優しく話してくれた。話している意味は少し難しかったけど、でも、分かるような気がする。何故錬お兄さんが僕の秘密基地の場所を知っているのかも、最初から本当は分かっていた気がした。


 時間はもう夕方近くになっていた。いつの間にか時間が過ぎたのかびっくりしたが、多分、公園で遊んだ時間が長かったのかもしれない。やっと、僕の秘密基地のある場所についた。そして、僕の猫がいることを願って、目をつぶって秘密基地の入り口を開けた。ゆっくりと目を開ける。そこに、僕の猫は、いた。寝ていた。夕暮れの赤い日差しに照らされて、安らかに寝ているように、寝ていた。首に僕が作った赤色のミサンガを付けて。


「よかった。やっぱりここにいたんだ」

「そうだね。やっぱり、君を探していたんだ。これでやっと、安心だね」


 僕は、僕の猫の傍にしゃがむ。そして、体に触れると、ゆっくりと僕の猫は体を起こし、僕に向けて、一声、鳴いた。僕も、続けて泣いた。


「本当に良かった。これで、君の、君たちの最期の探し物が見つかったんだね」


 錬お兄さんはそう話す。僕は、僕の猫を抱きかかえる。そして、僕たちの体は少しづつ透けていくのが分かった。足から順に、どんどんと上に登ってくる。それが何故なのか、もうちゃんと分かってた。息苦しかった理由も、全部。


「記憶は完全に戻ったかい?」

「……うん。僕、行かなきゃ、行けないんだね」

「――そうだよ。それは悲しい出来事なんだけど、でも、今の君たち二人なら、楽しい思い出も一緒に持っていけるって信じてる」

「……うん! 錬お兄さん、ありがとう! あ、お母さんたちに言っておいてほしいんだ。僕たちなら大丈夫だからって。僕と、僕の猫が一緒なら大丈夫だって」

「うん、絶対に伝えるよ。それじゃあ、バイバイ」


 僕と、僕の猫は、錬お兄さんに手を振って、そのまま、現実世界から完全に消えていった。

 悲しい思い出、楽しい思い出を全部持って行って。



 

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