瞳の奥の女たち

*うみゆりぃ*

第1話 瞳の奥の女たち

軽く汗ばむ昼下がり


「のど渇いたね、コーヒーでも飲む? 」


あなたはわたしの手を引いて

地下の喫茶店に入る


少し顔が火照っているのは

陽気だけのせいじゃない


慣れないヒールに

気づかれてしまったかしら




昭和レトロを醸しだす薄暗い店内


ひんやりとした空気と

クラシカルな音楽が


上がり切った心拍数を

ゆっくり下げてゆく




「アルコールランプとか、懐かしくない? 」



店の雰囲気に合わせて

ディスプレイされている調度品を

興味深く見まわしながら


フラスコとか、試験管とか、僕好きなんだと

無邪気に語り出すあなた



「うん、懐かしいわね」



わたしは微笑む



一口、二口飲んだだけのアイスティーを

ストローで軽く一周かき混ぜる



カラン、コロンと

氷とグラスが交わり

透き通るような音色が響いた



うん、好き



ストローに軽く唇をあてて

まだはっきりと覚えることができない

あなたの顔を見上げる



「なんで、にらむの? 」


「睨んでなんか、ないわよ」



遠い昔、

全く同じ台詞を

クラスの男の子から言われたことを思い出して

つい笑ってしまった



「あなたの瞳が綺麗だから、つい見惚れてしまったのよ」



いつものように

嘘をつく


気を悪くしたのなら

謝るわ


わたしが見ているのは

あなたじゃないの



視線をあなたのアイスコーヒーに向け

自分のアイスティーを口に含むと

ふたたび瞳の奥をのぞきこんだ



そう

わたしが睨みつけているのは


あなたの瞳の奥にいる

女だ





どうして男は

昔の女の話をしたがるのかしら


それは決まって

無意識にごく自然に

口からもれ出てくる



まだ、あなたとわたしは

恋人ではない


こうした時間

嫌いじゃないけれど

好きでもないの


だって瞳の奥の女が必ず現れるから



知りたいなんて

わたし言ったかしら


教えてほしいなんて

わたし思ったかしら


勘違いしないで

生々しい元カノの話ではないの






それは初恋だったり

恋とも呼べない淡いものだったり


ただただ終わった恋に

きっと罪はないと思っているのね


悪びれもなく語り出す

あなたたち



アプローチしても

振り向いてさえもらえなかった

高嶺の花


時が経てば経つほどに


醜い部分は溶け消え

いつまでも水気をたっぷりと含んだ

生き生きと輝く花の姿で

瞳の奥に住みつづける



そんな完璧に理想化された女に

わたしはどう嫉妬すれば良いの?


わたしを見ているフリをして

わたしに花を重ねて

わたしの先にいる女に

愛おしい眼差しを送るの


ちゃんと気づいているんだから



悔しさを通り越して

闘う意欲さえ奪われる



虚しいわ、とても



あぁ、つい

眉間にシワが寄ってしまう




「お待たせいたしました」



少し遅れて運ばれてきた

クリームたっぷりのシフォンケーキが


わたしの目の前に

手際良く、かつ美しく並べられた



パァッと小花が咲くように

笑顔になったわたしを見て


ホッと安心したかのように

優しく微笑むあなた



うん、幸せ



一口、シフォンケーキを頬張って

またあなたの瞳の奥を見つめる





「じゃあわたしたち、付き合ってみる? 」






大好きなあなたのこと


何も疑っていないわ

にらんでもいないわ


ただ口づけを交わす前には

必ずあなたの瞳をのぞき込んで


いつも、こう考えているの







瞳の奥の女を

どうやって石にしてやろうか


ってね





「瞳の奥の女たち」




〜END

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