谷上雅弥の消失
篤哉くんに告白して初恋が爆散した後篤哉くんから提言された、『雅弥が私を好き説』と『それを本人に確認してみろ案』。ハードル高すぎない?『アンタってさ……私のこと好きなの?』とか訊きにくいにもほどがある!!違ったときの雅弥の反応とその場の空気を想像してみたら寒気がした。あと抱かれた直後にあれだけ喧嘩してしまったので普通に話しづらい。とりあえず今日のところは会わずに置こう、ほとぼりが冷めた頃にまた話しに来ればいいよね。どうせ家が隣でいつでも会えるし。そう思った私はお母さんから『いい加減に帰ってきなさい』とお怒りメッセージが入ったこともあり、夕方には谷上家を後にして自宅に戻った。
次の日から雅弥に会えなくなった。朝大学に行くときに電車やバスが一緒になるなんてザラだったのに、ここの所全く合わない。見かけることすらない。
「何で?」
「吸引力バキュームカー並みだね、アンタ……」
教室の隅っこの席でズゾゾとパックのイチゴミルクを啜っていると、呆れた顔をした親友が近寄ってきた。
「メグちゃん……せめて掃除機って言ってほしかった」
「そんなカワイイ音じゃなかったでしょ」
メグちゃんは大学でできた親友だ。私の横の席にすとんと腰をおろす。
「だってぇ~」
私が背中を丸めて口を窄めて情けない声を出すと、メグちゃんが私の頭をわしゃわしゃしてきた。
「何か悩んでるわけ?」
「悩んでるっていうか謎っていうか……」
パック内のイチゴミルクを吸い上げれば、ズゴゴゴゴとさっきよりすごい音が鳴る。やめなさいと額を叩かれてしまった。痛い。
「何故か雅弥に会わないんだよね」
「ああ、谷上くん。さっき見かけたけど?」
「嘘、どこにいたの!?」
ビヨンと私の背筋が伸びる。
「購買。もう友達とどっか行っちゃったんじゃない?」
「そっかぁ~」
再び背を丸める私。溜息を一つ吐いて空になった紙パックをペコペコ吸っていたら取り上げられてしまった。ああ、無情。
「珍しいじゃん、アンタたちいつも無駄に顔を合わせてはワーワーやってたのに」
メグちゃんが私から奪った紙パックを握りつぶして捻る。ストローから最後のイチゴミルクが飛び散ると共に紙パックの断末魔が聞こえた気がした。
「無駄って……」
「意図せずあれだけ鉢合わせてたら運命でしょってレベルで顔合わせてたじゃん」
「運命!?」
「そうじゃなかったら意図的にアンタに会えるように谷上くんが行動してたことになるけど」
ま、雅弥が?そう考えるとなんだか胸がドキドキしてきた。いや、まだ私は雅弥のこと好きとかそういうわけじゃない……はずだ。なのに何故こんなにも胸が高鳴ってくるのか。私、単純では?落ち着け私!落ち着けば落ち着く時落ち着こう!落ち着くの三段活用!
ガタンと大きな音を立て、私は勢いよく席を立つ。
「だけど今……って、梨子?」
「トイレ行ってくる!」
メグちゃんの返事も聞かず、私は教室を飛び出した。
トイレで顔でも洗って火照った顔を冷やしたい。本当に雅弥は私のこと好きなのかな?私に会いたくて行動してくれてたのかな?本当に?
女子トイレに飛び込むと、私は手洗い場で顔をバシャバシャと洗った。冷たい水が気持ちいい、が、流石に奇行だと思う。今トイレに他の学生がいなくて心底よかった。顔を上げて鏡に映る自分の顔を見ると、薄づきのメイクが中途半端に落ちていた。直すにも直しにくいので、しっかりと顔を洗ってメイクを落としきる。タオルハンカチで顔を拭きながら、尚も物思いに耽る。
もし、雅弥が私を本当に好きだったらどうしよう、私はどうしたいんだろう。わからない。わからないけど……雅弥に会いたい。
「よし!」
パン、と自分の両頬を両手で叩く。雅弥の家に行こう。気持ちはまとまってないけど、まずは会って話をしよう。一先ずはあの夜のことも謝って……とにかく話がしたい。
谷上家への突撃を心に決め手早くメイクを直すと、午後の講義に向けて教室へと戻った。
*
講義を終えた私はまっすぐ自宅に帰るとすぐさま谷上家へ向かった。呼び鈴を連打するとおばさんが顔を出す。
「おばさん!雅弥は!?」
「あらおかえりなさい、梨子ちゃん。友達のところに行くって言ってたわよ」
食い気味で訊くと、ニコニコ顔でおばさんが返事をしてくれた。しかもまたいない!
「いつ帰ってくる?」
「今日は帰ってこないんじゃないかしら。そのまま夜勤のバイトに直行するそうだから」
「うえええ?」
おばさんからの言葉でヘナヘナと床に座り込む。何でこんなにも会えないの!?がっくりきているとおばさんが一緒にお茶をしようと言ってくれたので、ありがたくご一緒することにする。
今日のお茶請けはおばさん特製のチーズケーキだった。ひとくち口に含むとしっとりしゅわしゅわで口の中で溶けた。自分で作るとフレンチトースト?というレベルでスポンジが膨らまないので料理上手なおばさんが羨ましい。
「雅弥、明日はいる?」
「あの子最近よく友達の家に入り浸ってるから、どうかしらね」
「そっか……」
おばさんに申し訳なさげに言われ、私は肩を落とす。
「せっかく会いに来てくれたのにごめんね、梨子ちゃん」
私は頭を振った。タイミングが合わないのは仕方ない。スマホで連絡してみればと提案されたが断った。直接話がしたいのだ。
「次に会えたときでいいよ」
私が笑うと、おばさんは本当に?という顔をした。大丈夫、だって隣に住んでいるからアタックかけてれば会える。私は簡単に考えていた。しかし、私はこのときの判断を後悔することになる。
それからも私は雅弥に会うことはなかった。駅でも、学内でも、谷上家でも。雅弥に会えなくなって一ヶ月半。流石にこれ以上はやばい。時間が経つほど気まずくなるばかりだ。ついに私はスマホを手に取った。コミュニケーションアプリを開き、メッセージを打ち込む。これで連絡が来るだろう、そう思っていたそれなのにいつまで経っても返事が来ない。確認してみると既読すら付いていない。今までこんな風に既読がつかないままなんてことはなかった。忙しくて確認できてないだけだよね?と一日待ってみたけれど、未読のままだ。流石におかしい。
通話のお気に入りリストから雅弥の番号を表示させて通話ボタンを押す。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をご確認の上……』
「――――え?」
電話が通じない。何で、どうしてが頭の中をぐるぐる回る。私はスマホをバッグにしまい、谷上家へと駆け出していた。
呼び鈴を押せば、おばさんが顔を出す。
「あら梨子ちゃん、いらっしゃい」
「おばさん!上がるね!」
「それはいいけど……」
私は靴を脱いで二階へ続く階段を駆け上がった。
「雅弥!」
雅弥の部屋のドアを激しく開け放つ。
「え……」
大物家具以外のものが何もなかった。まるで篤哉くんの部屋のように。
私が部屋の前で立ち尽くしていると、おばさんが二階に上がってきて私の背後に立つ。
「あら、雅弥ったら梨子ちゃんに言ってなかったの?」
「え?」
「雅弥、出て行っちゃったのよ」
「……え?」
おばさんの一言に呆然となる。
「急に一人暮らしするからって言ってさっさと部屋決めてさっさと出てっちゃったのよねー。篤哉といい雅弥といい……寂しいったらないわ!」
「……何それ……私、何も聞いてない……」
おばさんはプンプンしているが、私はそれを宥めるどころではない。
「そうなの?てっきり梨子ちゃんには言ってるものだと思ってたわ」
「いつ出てったの」
「半月前かしらね。用があるなら電話したほうが早いかもよ」
電話は通じませんでした、なんて言えなかった。コミュニケーションアプリも。
「そっか……ありがとう。お邪魔しました……」
ぺこりと頭を下げて、私は谷上家を後にする。自宅の自室に戻ると、すぐさまベッドへダイブした。
谷上雅弥の消失。ヤツは黙って私の前からいなくなってしまった。いつも近くにいたのに。電話番号も変えられてた。ここのところ会えなかったのは、きっと雅弥が私のことを避けていたからだろう。前にも少し距離を置かれたことはあったけど構ってはくれてた。一緒にいる時間は確かに減ってはいたけどそれでもいつでもすぐに会えた。けれど、今は。
目に薄い膜が張り、視界が歪む。篤哉くんが家を出ても寂しくはあったけど、こんな風に苦しいほど悲しくはならなかった。目から溢れた雫がパタパタと枕を濡らす。
これはアイツが大切な幼馴染みだから?それとも……
私は腕で乱暴に目を拭った。そして。
「でぇぇぇえい!」
枕に己の拳を思い切り叩き込む。段々腹が立ってきた。ジメジメモードはもうやめだ。ヤツが逃げるなら、こっちは追いかけ回してやろうじゃないか。
「絶対にふんづかまえてやる……待ってろ、雅弥……」
私はにたりと口の端を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます