ミッション!証拠を隠滅せよ!

 雅弥の部屋に一人取り残された私は、お股の痛みと戦いながら自分の下着と服を集めた。

 恥部もジンジンするけれど、股関節が痛い。私は身体が硬い、めちゃくちゃ硬い。立位体前屈はマイナス三十センチという記録を持っているくらい硬い。

 行為の最中は興奮状態にあるためだろうか、痛みを気にしたという記憶がない。しかし普段は百度以上開脚するようなこともないのだ、後からダメージが来るのは当然のことだった。

 このまま休んでいたいけれど、部屋の主もいないしいつまでも居座っているわけにもいかない。のろのろと下着を身に纏う。


「っ、」


 ショーツが少し湿っていて、ショーツ越しに篤哉くんと思っていた人……雅弥から秘部を刺激されたことを思い出してしまった。快感に飲み込まれあられもなく嬌声を上げたことも。そのせいか秘部がひくついて来てしまい、羞恥がこみ上げる。私は頭を振って邪念を追い出すと、残りの衣類を身に着けた。

 帰って早くお風呂に入ろう。全部洗い流そう。全部、忘れなきゃ。次に雅弥に会ったら謝って、そしてなかったことにしなくては。気まずいのは嫌だ。喧嘩することが多くても雅弥は私にとって大事な幼馴染なのだから。

 乱れたシーツを整えてから、窓を開ける。一応空気の入れ換えをしておかなくては。私はこの部屋にいるから分からないけれど、ほら、においとかあったら、ね。それがおばさんたちに気付かれたらヤバいもんね。……ゴミ箱ヤバくない?私や雅弥のいろいろな液を拭いたティッシュや雅弥の白濁が詰まったおゴム様が入ってるし、においヤバくない……?

 私はあたりを見回した。何か、何か状況を改善するアイテムが欲しい。すると消臭スプレーとコンビニの袋が目に入った。これは使える。私はゴミ箱の中身を全てコンビニ袋に移した。中に消臭スプレーを振りかけまくってからしっかりと口を縛る。勿論ゴミ箱自体と部屋全体にもスプレーをすることを忘れない。アハンゴミ入りレジ袋をゴミ箱に入れて証拠隠滅完了である。あとはその他のアリバイ(?)作りだ。

 谷上家は二階建てである。一階部分は風呂、トイレ、LDK、それに谷上夫妻の寝室になっており、二階部分に篤哉くんの部屋、物置代わりの空き部屋、トイレ、客間、雅弥の部屋があって結構広い造りだ。防音対策もしてあるらしい。おじさんが頑張って働いた結晶である。

 私が遊びに行くとおばさんが客間を用意してくれる。隣に住んでいるにもかかわらずだ。だから遠慮なく雅弥と完徹ゲームバトルやらテスト前に勉強を教えてもらう時などにお泊りさせてもらっている。うちの両親からの許可付きで。疑問を持ってはいけない、うちの両親も谷上夫妻も家族みたいなものなのだ。

 そんなわけで昨夜も私のために客間は整えられていた。ただしその客間は未使用だ。私は雅弥の部屋で一夜を明かしたのだから。

 壁掛け時計を見ると八時だった。篤哉くんは朝が弱いので昔から休日は十時を過ぎないと起きては来ない。そっとドアを開けて廊下の様子を窺う。誰もいない。一階のキッチンからおいしそうな香りと共に食器や調理するような音が聞こえる。叔母さんが朝食の準備をしてくれているのだろう。


二階の部屋の配置は階段から向かって左手前から篤哉くんの部屋、客間、右手前から空き部屋、雅弥の部屋、突き当りがトイレだ。

 私は急いで向かいの部屋に入った。ただし扉は静かに開け閉めする。誰にも見つかってはならない隠密行動なのだ。

 カーテンが閉め切られていたので室内は薄暗い。電気をつけると綺麗にベッドメイクされたベッドがそこに在った。


「……」


 私はベッドに近寄ると、上掛けとシーツの合間にその身を滑り込ませた。暫くその中で暴れまわる。ひとしきり寝返りを打ちまくってから身を起こすと――――何という事でしょう、美しく皺ひとつなく整えられていたベッドやシーツや枕は皺だらけに変貌を遂げていたのです。

 そこから今度はある程度ベッドを整え直すして、いかにもここで人が寝てました!と言わんばかりの状況を作り出すことができた。汗などかいてはいないが汗を拭う仕草をし、息を吐く。


「ミッションコンプリート」


 これで偽装工作は完璧だ。そう己の仕事っぷりに満足した私は完全に油断しきっていた。部屋を出ようと勢いよくドアを開く。


「あれ、おはよう梨子。早起きだね」


 ドアを開けた先には篤哉くんがいた。予想外のエンカウントに心臓が縮むような思いがする。 


「お、おはよう篤哉くん。い、いつもより早いね!」


 私はめちゃめちゃどもった。いつもきちんとしている篤哉くんの寝起きで気が抜けてて寝癖ついたままの姿なんて見れた日には這い蹲って拝んでしまいそうなくらい嬉しいはずなのに、今は何だか気まずい。ひきつった笑みで挨拶することしかできない。そう言えば昨夜の喘ぎ声とか聞こえなかっただろうか。防音設計だし篤哉くんの部屋ははす向かいだけど、もし聞こえてたらと思うと不安になる。


「ん~、トイレに行ったらまた寝るよ。父さんと遅くまで飲みながら寝落ちしちゃって今までリビングで寝てたんだ」

「そうなんだ」


 あくびを噛み潰しながら言われた言葉に小さく息を吐く。よかった、聞こえてなかったみたいだ。


「篤哉くん」

「どうした?」

「起きたらまた話に来ていい?」

「いいよ。昨日梨子静かだったもんな。今日はいろいろ話そうか」

「うん……じゃあ、あとで」

「おやすみ」

「おやすみなさい」


 トイレに向かう篤哉くん。私はその背中を見送ってから階段を降りた。キッチンに顔を出し、おばさんに挨拶をする。


「おばさん、おはようございます。あの、昨日は早く寝ちゃってごめんなさい。泊まらせてくれてありがとう」

「あら、梨子ちゃんおはよう。お酒、弱かったのね。泊まるのはいつでも大歓迎よ」

「隣なのに?」

「梨子ちゃんはうちの子みたいなものだからね」


 フフ、とおばさんが笑う。私も少し笑う。


「梨子ちゃん、朝ごはん食べていくでしょう?」

「あ、いや……今日は……」


 その言葉に迷う。おばさんのごはんは美味しいけれど、雅弥とあんなことがあって、雅弥とそのご両親と顔を突き合わせて朝食とか気まずい以外の何ものでもない。しかもお風呂に入っていろいろ洗い流したいのだ。


「えと、おじさんと……その、雅弥は?」


 キッチンと続きでダイニングとリビングになっているが、そのどこにもおじさんと雅弥の姿がない。


郁也いくやは篤哉と一緒にリビングで酔いつぶれていたから、さっき寝室に行ったの。雅弥はちょっと出て来るってふいっと出てっちゃったから分からないわね」

「そ、そっかぁ」


 郁也さんとはおじさんのことである。篤哉くんも寝室、雅弥は外出。つまり『相当気まずい朝食会』にはならない。いくら雅弥がいないと言ってもこの状況でごはんを食べていくとか図々しいにも程がある。

 そう思った私はお断りしようとしたけれど 、結局やめた。おじさんも雅弥もいないということは、おばさんが一人ぼっちで朝食を摂ることになってしまう。ひとり飯させるのも忍びないので、迷った末ご相伴にあずかることにした。お風呂はもう少し我慢だ。

 昨晩に続き食事をごちそうしてもらったので、後片付けは私が引き受けた。その間おばさんにはリビングで寛いでもらうことにして、皿洗いの後は洗濯物を手伝うことにした。そのついでに雅弥の部屋と客間のシーツをひったくってきてそれも洗っておいた。証拠隠滅のチャンスは逃さないのだ。

 問題はゴミだ。掃除はおじさんたちが起きてからするらしい。ゴミの回収を申し出たけれどそこまでやらせるわけにはいかないからと断られてしまった。むしろやりたかったのに。雅弥がバレないように処分してくれればいいのだけれど。

 家事手伝いをしているうちに十時になったので私は一旦自宅に帰ることにした。またあとで篤哉くんに会いに行く。それまでにお風呂に入って、ぐちゃぐちゃな気持ちを整理しなければ。

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