【完結】初恋の人の弟。

鳥埜ひな(とりひな)

告白した日の翌朝は *

 朝日が部屋に射し込み、その光で目を覚ます。


「いたたた……」


 痛い。どこが痛いと言うと、お股が痛い。いわゆる秘部と言われるところだ。ジンジンとした感覚。そこで私は思い出した。昨日私はついに長年好きだった初恋の人に告白をした。そして、そして、一夜を共にしたんだ。



 私には小学校の頃からずっと片想いしている人がいる。谷上たにがみ篤哉あつやくん、隣の家に住んでいる兄弟の、兄の方で私より四つ上。弟の雅弥まさやは私の同学年で小生意気な男である。谷上兄弟と私こと早乙女さおとめ梨子りこはいわゆる幼馴染というやつだ。

 クソガキの雅弥と違って、篤哉くんは優しくて子供ながらに大人っぽかった。当時の私にとって芸能人と同じくらい篤哉くんはカッコよくて素敵な存在で、恋に落ちるのは必然だったように思う。

 四学年離れてたせいで篤哉くんといられる時間は少なかったけれど、谷上家に行けば相手にしてもらえた。構ってもらいたくて周りをウロチョロしてたら、すごく可愛がってくれた。雅弥も一緒だったのが不本意だけど、雅弥の家でもあるから仕方がない。マイナス面に目を瞑ってでも、篤哉くんと過ごせる時間が欲しかったのだ。

 弟の雅弥と言えば、騒がしいは私にちょっかいかけるは憎まれ口叩くはで本当に可愛くない。谷上家ズビューティー遺伝子により顔はイケメン部類だけど、それ以外は優しくて落ち着いてる大人な篤哉くんとは大違いだ。悪い奴ではないしお互い言いたいことを言える点では一緒にいても気が楽ではある。

 それよりも篤哉くんのことだ。マイディアレスト篤哉くんは小中高と生徒会長をするくらいの優等生で、艷やかな黒髪とクールな眼差しが痺れるくらいのカッコよさだ。県外の超難関大学を経て実家に戻ることなく大学のある県内で就職をしてしまった。

 連絡先は知らない。私がスマホを持たせてもらえるようになったのは大学に入学する少し前からだったし、篤哉くんも大学に行ってから実家にあまり戻らないし、たまに帰ってきてもタイミングが悪くてすれ違って会えずじまい。

 携帯番号は雅弥に訊いても『知らねー』の一点張りで教えてもらえず。近況も教えてくれない。おばさんからは元気にしてるみたいとしか聞けないし。

 篤哉くんと同じ大学、または同じ県外の別大学を受験しようと思ったけれど、無理だった。篤哉くんの大学には学力が圧倒的に足りないし、そもそも一人暮らしを親から許してもらえなかった。お前に一人暮らしは無理だと。失礼な。

 仕方がないので泣く泣く地元の大学にした。雅弥は篤哉くんと学力的に同じところに行けるだろうに、近いから楽だという理由で私と同じ大学だ。

 篤哉くんの大学には行けなかったけれど、せめて就職は篤哉くんの傍でしたくて県外就職の資料を集めている。今度こそ一人暮らしを反対なんてさせる気はないし、もしかしたら篤哉くんと……なんて思ったりして。

 しかしそれ以前の問題だった。正直就職活動は上手くいっていない。不純な動機があるだけで将来的なビジョンなどないから何も決まらない。毎日どうしようと言ってひたすら資料をめくる日々。そんな状態で進展などあるわけもなく、フラストレーションだけが溜まっていった。

 そんなある日、隣のおばさんから篤哉くんが帰省するとの情報をゲットした。帰省当日に谷上家に突撃となりの晩御飯を仕掛けてみたわけだが、雅弥に顔を顰められた。その態度が腹立たしかったけれど、篤哉くんが顔を出して『久しぶり。綺麗になったね、梨子』と大人の艶ある笑顔で言ってくれたのでときめきすぎて雅弥の無礼も許せた。恋は心を寛容にするのね。 

 その夜私は谷上家の夕食に混ぜてもらった。夕食の後は皆でおしゃべりを楽しんだ。その後、二人きりになる機会があって酔っぱらった勢いで告白して、抱いてもらったのだ。あまりはっきりとしたことが思い出せないのが悔やまれる。……でもあれ?なんでお酒、飲んだんだっけ?私、お酒あまり好きじゃないのに。

 ぼんやりと思い出せるのは、すごく優しく触れてきてくれたこと。私が好きって言ったらぎゅうって抱きしめてくれたこと。いっぱいキスしてくれたこと……って、朦朧としてたからやっぱり夢かもしれない。だとしたら私はドスケベ女だ。

 でも、ふと横を見ると布団を頭までかぶって丸くなっている大きな塊があった。

 夢じゃない。私は昨日確かにこの人に抱かれたんだ。お股が痛いのが何よりの証拠。でも変だ、この部屋は見覚えがある。そこまではいい。私は小さな頃から谷上家に出入りしていたし、全室入ったことがあるし、お泊まりもさせてもらった。でも、ここは客間じゃない。客間以上に、この部屋には見覚えがある。何故なら最近もよく入り浸っている部屋だから。


 ――――そんな馬鹿な、信じたくない。


 もぞっと隣の塊が動く。布団からニュッとたくましい腕が伸びてきた。ああ、そうだ。この腕は昨日私を抱いた腕。いっぱい甘やかしてくれた腕。


「起きたのか……?」


 低く掠れた声がして、私は伸びてきた腕に引っ張られ、相手の腕の中に閉じ込められた。瞬間、顔から血の気が引く。


 嘘。嘘。嘘!?


「……いま、なんじ」


 塊が私を抱いてない方の手で枕の周囲を弄って、スマホを掴む。時計を確認してからぽいっと投げ捨てた。


「もうちょっと……まだ眠い……」

「ま、雅弥……?」

「うん? うん……」


 寝ぼけた返事をしながら塊こと雅弥は再び寝入ってしまう。

 今、私の顔面はきっと真っ白になっているだろう。

 落ち着け、落ち着けば落ち着くとき落ち着こう私。そうだ、整理しよう。まだ慌てるような時間じゃない。もう一度確認だ。

 昨夜私は初恋の王子様こと篤哉くんご帰宅の知らせを聞いて谷上家に遊びに来ていた。そのままお食事会になって、久しぶりに篤哉くんといっぱい話して。時々雅弥と軽い口喧嘩したりして。おばさんとおじさんが私に兄弟のどっちかのお嫁さんになってくれたらいいのにねと言ってくれて……

 それで、それで……そうだ、そこで篤哉くんが結婚しようと思ってるって言い出した。私と?キャーッ!って期待したけど県外に彼女がいて、その子と結婚するという話だった。実はその子が妊娠したから責任を取るということらしい。

 デキ婚。まさかのデキ婚。あの篤哉くんが。小、中、高その全てで生徒会長を務めた品行方正の塊の篤哉くんが、デキ婚。ショックだった。結婚してしまったら、もう手が届かない。ついに私の初恋は終わるのだ、と。でも諦めきれなくて、最低だけどもしかしたらって思いもありながら、告白することにした。勢いをつけるためにフラフラになるまでお酒を飲んで……。それからトイレに行って、戻る途中で誰かに支えてもらって介抱してもらって。その人があんまり優しいから、篤哉くんだって思った。だからそのまま抱きついて告白したんだ。


「好き、ずっと好きだったの。振られるのはわかってる。でも、でも、お願い。思い出にするから、宝物にするから、抱いて。お願い……」


 シクシクと私が泣くと、彼はぎゅうって抱きしめてくれて、それから甘いキスが落ちてきた。

 嬉しくて、悲しくて、また涙が溢れて、泣きながら彼にしがみついた。そのあとどこかの部屋に運ばれて、ベッドの上に降ろされて……いっぱい甘やかされた気がする。そして現在。

 我、裸族。お股痛い。身体中にキスマーク。昨夜はお楽しみでしたね?どう考えても。

 そして、隣の塊は……何故か雅弥である。初恋の人の弟である、私としょっちゅう口喧嘩する小憎たらしい雅弥である。

 私が初エッチしたのは篤哉くんのはずなのに。つまりですよ。私が昨日大切に守ってきた処女を捧げたのは篤哉くんじゃなくて……


「え、嘘……嘘ーーーーっ!」


 私は絶叫した。


「うるさ……」


 雅弥が顔をしかめながらしょぼしょぼした目を開ける。


「だ、だって!」


 叫びたくもなるでしょうよ!決死の覚悟で突撃したのにまさかの相手間違いって!ショックにも程がある。


「……シー……しずかに」

「わぶっ!?」


 雅弥は私の後頭部を掴んで、自分の胸元に押さえつけた。鼻が潰れて痛い。顔に当たる胸板が厚いし熱い。裸だ。雅弥も裸だ。いや、当然なんだけど。と言うか、耳許で囁くな。幼馴染みのこういうの、激しく気まずい!篤哉くんなら妄想してたからいいけども。


「ちょ、離して!」


 ジタバタと抵抗する。すると、雅弥は一旦身体を離した。私が文句を言おうと雅弥を睨みつけたところで、するりと頬を撫でられる。じっと見つめられ、背筋がゾクリとした。目を逸らせないでいると雅弥の顔が近づいてきて唇と唇が合わさる。ぬるりとした舌が口内に侵入してきて中が蹂躙されていく。

 ビックリして雅弥の胸を押し返そうとしたが、無理だった。後頭部は押さえつけられていたし、脳が痺れていく感覚に襲われて力がうまく入らない。


「ん、ふぅん……」


 ぴちゃぴちゃとした音が耳につく。キスされてる、あの、雅弥に。抵抗したいのに、昨夜の気持ちよさが蘇ってきて出来ない。いつの間にか私は雅弥の舌に自分からも舌を絡ませてしまっていた。鼻から抜けるような声が出てしまって恥ずかしい。下腹部がじわじわと熱くなり、秘部からトロリとした液が溢れてくるのがわかる。ああ、コイツは篤哉くんじゃないのに何でこんなふうになっちゃうの?

 ようやく唇が離された頃、私の息は絶え絶えだった。もう騒ぐ元気もない。物理的に口封じをされてしまった。

 雅弥を見上げると、奴の唇はテラテラと濡れていた。え、エロい……雅弥のくせに生意気だぞ!!!

 ぽやっとしていると、雅弥が頭を撫でてくる。


「ん。いいこ」


 そう言って私を再び抱き込むと、雅弥はすぐに寝入ってしまった。おやすみ三秒である。


「…………」


 だめだ、もういい。ひとまず寝て、起きたら考えよう。

 私は思考を放棄して、二度寝を決め込むことにした。








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