―15― 縛り

「さて、どうしよっかなー」


 そう言って立ち上がるが、骨が折れているせいだろうか、立ち上がるのも苦労する。

 ゆっくり立ち上がっている間に、大顎ノ恐竜ティラノサウリオのしっぽによるなぎ払いが襲ってくる。


「ぐはっ」


 と、口から声が漏れたのは、体が木に叩きつけられた証拠だった。

 口から血が溢れる。

 そして、その様子を大顎ノ恐竜ティラノサウリオは眺めている。ニヤついた表情をしているような気がするのは気のせいではないのだろう。

 勝ちを確信した顔だ。

 そして、事実――


「これは勝てないなー」


 という判断に至るのは自明だった。

 俺は勝てるか負けるかわからないギリギリの攻防が楽しいのであって、絶対に負ける戦いに挑みたいわけではない。

 なにせ、自分の命は大事だし。

 だから、どうしたものかと思案する。


「だったら、わらわが助けてやろうか?」


 ふと見ると、したり顔で岩に腰掛けている幼女と化した銀妖狐プラタックスがいた。


「わざわざ、俺のことを助けにきてくれたのか?」


 てっきり、こいつにナイフを向けた段階で、愛想を尽かされたと思っていたが、そうでもなかったらしい。


「あぁ、助けてやるよ」


 と、銀妖狐プラタックスは言う。

 そして、こう言葉を付け足した。


「だが、一つ条件がある」


 と。


「その条件とは?」

「わらわと契約しろ。そうしたら、おぬしを助けてやる」


 なんで、ここまで俺と契約することにこだわるのかわからないな。


「嫌だとは言わせない。なにせ、この取引はおぬしにとってメリットしかない。どうしようもない絶望的な状況だが、わらわの力を借りれば命が助かる。それに、わらわと契約することで、わらわという優秀なモンスターをテイムすることができるのだ。ふむ、これほどおぬしにとって有利な取引があるだろうか」

「逆に聞くが、お前はなんで俺と契約したいんだ?」

「おぬしはわらわの命を助けた。わらわはおぬしの命を助けた。これ以上の契りは存在しない。だから、わらわはおぬしの側にいることを決めた」


 聞いたはいいが理解できんな。

 銀妖狐プラタックス特有の価値観なんだろうか?


「おぬしとて、命はほしいだろ」

「あぁ、確かに命はほしいな」

「そうか。だったら、わらわと契約しろ」


 そう言って、銀妖狐プラタックスが手を伸ばしてくる。

 この手をとらない理由はないな。

 なにせ、今の俺がどう挑んでも大顎ノ恐竜ティラノサウリオには絶対に勝てない。

 そして、俺は死にたくない。

 死んでもしまえば、『縛りプレイ』がもうできなくなる。

 せっかくこんな楽しい世界に生まれたのに、死んでしまうのはもったいなさ過ぎる。

 確かに、今回は敗北だ。

 だけど、生きて帰りさえすれば、また戦うことができる。

 生きることはなによりも優先事項だ。


「ほれ、わらわの手をとれ」


 だから、答えなんて、とっくに決まっていた。


「絶対に嫌だ」


 うん、こんな幼女の見た目をしたやつの力を借りて生き延びるとか屈辱でしかない。

 こんなやつの力を借りるぐらいなら、死んだほうがマシだ。


「おい!? この状況でも強情をはるのはよせ! それとも、死にたいのか!?」

「死にたくない」

「じゃあ、なぜ、わらわの手をとらぬ!?」


 理由なら、さっき言っただろう。


「嫌だから」


 それ以上の理由なんてないぞ。


「さっきからおぬし、矛盾しているぞ!」


 どこも矛盾なんてしてないと思うがな。

 なにせ、俺の主張はずっと首尾一貫している。


「お前の力を借りるぐらいなら、俺は自分の力で戦う」

「だから、今のおぬしでは、あのモンスターには勝てないとさっき認めたではないか!?」

「あぁ、だからこうすることにした」


 俺はあるものを〈アイテムボックス〉から取り出した。


「縛りを一つ解除する」

「はぁ!? おぬし、なにを言って――」

「今から、右手を使って戦う」


〈アイテムボックス〉から取り出したのは、もう一つの〈繰糸の指輪〉。

 巨大蜘蛛アラーニャの魔石から〈繰糸の指輪〉を二つ作ることができた。一つは左手の中指にはめている。

 だから、もう一個を右手の中指にはめる。

「ホントはいやなんだよなー。右手を使って戦うのは」


 そう言って、俺は〈アイテムボックス〉から二本のナイフを取り出す。

 そして、右手と左手のどちらにも構えた。

 二刀流の構え。

 うん、この構えが一番しっくりくる。

『ゲーム』でも、ステータス獲得前の特訓でもこの構えに一番慣れ親しんでいた。

 なぜ俺が右手を使って戦うのが嫌なのかって――?


「だってそれをやってしまうと、ヌルゲーになってしまうんだもん」





 俺は『縛りプレイ』をしてきたわけだが、その『縛り』というのはいくつか存在する。

 もちろん、一番の縛りはレベルを1に固定すること。

 あとは、ソロで活動すること。

 そして、俺にとって利手である右手を使わないこと。

 だから、〈手投げ爆弾〉は左手で投げていたし、ナイフは左手で持っていた。弓矢を使うときだけは、右手で弓をもっていたが、弓を引く手は左手だ。

 当然、なにをするにしても右手を使ったほうがうまくいく。

 そして、右手と左手どちらも使える状況が、俺にとって最強の状態だ。


「それじゃ、狩りを始めようか」


 大顎ノ恐竜ティラノサウリオは余裕しきった顔で俺を見下している。

 その顔を今すぐにもゆがめてしまおうか。

 体は走るのが難しいほど、ボロボロだが俺には〈繰糸の指輪〉がある。

 両手にはめた二つの〈繰糸の指輪〉があれば、走るよりも素早く移動が可能だ。

〈繰糸の指輪〉から出した糸を木の先端に張り付けて、一瞬で頭上高く飛ぶ。そして、すぐさま切り替えるように、大顎ノ恐竜ティラノサウリオの背中に糸を粘着させては、体を引いて急降下と共に、二本のナイフで攻撃。

 そして、すぐさま、遠くの木に糸を粘着させては、一瞬で大顎ノ恐竜ティラノサウリオから距離をとりつつ、弓を引く。

 いいねぇ、右手で弓を引けば外す気が一切しない。

 放たれた矢は大顎ノ恐竜ティラノサウリオの喉に突き刺さる。

 それを確認する前に、糸を使って、急接近。

〈手投げ爆弾〉を放り投げ、その煙で自分の位置をくらませつつ、後ろから大顎ノ恐竜ティラノサウリオの頭上に着地と同時に、まだ潰してなかったもう片方の目をナイフで潰す。


「グガァアアアアアアアアアアアアッッッッ!!」


 両目を潰された大顎ノ恐竜ティラノサウリオは呻き声をあげる。

 けど、そんなのそよ風のようなものだ。


「アヒャッ!! いつもより調子でて最高の気分だ! やっぱ狩りはこうでなくちゃ」


 分泌された脳内麻薬が俺をハイテンションさせる。

『縛りプレイ』もいいが、こういう狩りもたまには悪くない。





「わらわは一体なにを見せられておるんじゃ……」


 幼女に化けた銀妖狐プラタックスは目の前の光景を信じられないものを見るような表情で見ていた。

 本当にあれがレベル1の冒険者の戦い方なのか?

 そう思って、〈鑑定〉スキルをあの男に使う。

 やはり、レベルは1だ。

 ならば、目の前の光景はおかしいことになる。

 レベル1の冒険者がレベル285のモンスターを相手にどうして圧倒できるのだ?

 大顎ノ恐竜ティラノサウリオはさっきから冒険者に対し、なにもできないでいた。

 一方的にいたぶられている。

 レベル1の冒険者は目にも止まらない速さで立体的に動いている。あんな異次元のような動きをされたら、どんなモンスターでさえ、攻撃するのが難しいに違いない。

 なんだか大顎ノ恐竜ティラノサウリオのことが気の毒に思えてきた。

 それと同時に、自分があの冒険者を敵に回さなくてよかったと心底思う。


「あっ」


 と、言葉をもらしたのと同時に、冒険者は地面に着地し、大顎ノ恐竜ティラノサウリオが横に倒れた。

 その瞬間、ズドン! という大きな音が鳴り響く。

 そして、冒険者の近くになんらかのメッセージウィンドウが現れる。

 恐らく、レベルアップをお知らせする類いのものだろう。


 そう、レベル1の冒険者がいともたやすくレベル285のモンスターに勝ってしまったのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る