歩き出す私

八州冷

歩き出す私

 卒業式の日。私は制服を着て、いつも通りの時間に家を出て歩き出した。


 …学校とは反対方向に。


 歩くたびに心臓がバクバクして、罪悪感に押しつぶされそうになる。きっと先生たちも困るだろうな。私がするはずだったスピーチとか、どうするんだろう。でも、そんなの知ったことか!


 私が今日、卒業式をサボろうとしたのに明確な理由はない。しかも、今までの18年間の人生で私が不真面目だったことなんて一度もないのだ。毎朝起きて準備をして学校に行って皆勤賞で12年。これから大学進学も決まっているので更に4年。きっとここまで不誠実なことをするのは後にも先にもこれっきりだろう。

 人は大体ちゃんとしなさい、と言われて育つ。そのほうが手がかからないからだ、と思う。事実、ちゃんとしてきた私はあまり目をかけられることもなく、信用も捨てるくらい溜まっていた。一人にしておいてもなんとかなる子だと思われているのだ。


 営業時間前でシャッターの閉まった店が並ぶ街は不思議な静けさに包まれている。仕事に行く人か学校に行く子供しかいないような時間。私は今、そんな時間に逆らっている。


「…どうしようかな。」


 そんな街の中で私はふと立ち止まり、困ってしまった。この街の中で私だけが、どこにも行く宛がないのだと感じたからだ。行き先も目的もないのは今までの人生でも初めてだった。考え込んでぼんやりと広告が流れる液晶モニターを眺めていると、「制服で夢の国!」という広告とうっすら写った自分が重なった。私は遊園地に行くことにした。


 スマホを開いて、当日券を予約する。一人でこんな事する日が来るなんて思ってもみなかったな。


 遊園地に来た私は、アトラクションやお土産をひと通り見たが何もしなかった。遊園地の入場料で財布は軽くなっていたし、卒業式の日に遊園地に来ているという事実だけで満足してしまったのだ。


 自販機で買った紅茶を片手にベンチに腰掛け、私はこれからのことについて考える。帰ったら怒られるだろうか。もしかしたらみんなが私のことを探して大変なことになっているかもしれない。だが、数週間すれば私は大学生になって、四年経ったら社会人だ。その頃には、私がちゃんとしてる子じゃなくなった今日のことを口に出す人も殆どいないのではないだろうか。結局、私はちゃんとしたままで、そこから卒業できることなどないのではないだろうか。大人になってしまったら、私はいつ卒業できるのだろう。


 そろそろ卒業式で私のスピーチが始まる予定の時間だ。走って迎えば卒業式の最後くらいには間に合うかもしれない。


 私は立ち上がり、空になったペットボトルをゴミ箱に捨て、歩き出した。

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歩き出す私 八州冷 @rae_real

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