暗殺者の日常
@ajisawa-0410
第1話
無機質すぎる、視界がホワイトアウトしそうなほどに無機質な部屋の、中心。
その中心に、俺と、白衣を纏った男が、に佇んでいた。
男の名前は、風見かざみという。
一時間程、立ち尽くしていただろうか。
でも、俺には足が疲れたなどという権利はないから、しょうがない。
そもそも、俺に「俺」という一人称を教えてくれたのも、風見なのだから、意見をいうという考えも思い浮かばない。
俺の首には、黒の紐が付いていて、腕には、数字とともにバーコードが焼き入れられている。
足首には、枷かせの後がまだ残っている。
「君は、人を殺せるんだ」
訳が分からなかった。
そんなの、誰だって、人を殺せない人はいないんだよ。
俺は、怖くて、風見に触れた。人の熱が、欲しくて。
その瞬間。
「ぐっ・・・・・・」
風見が、小さく呻きを上げる。
直後、風見の唇苦しそうに歪んで、が赤く染まって、ゆっくりと下へと滴っていき、真っ白の床も、赤く染まった。
ど、と音を立てて床へ倒れこんだ。
すぐに、周りに床も染まっていき、俺の足元までたどり着いた。
俺は怖くて、数歩後退った。
「この、人殺し」
その言葉を最後に、風見は口を開かなくなった。
その言葉は、呪いのように俺にまとわりついた。
ねばねば、まとわりついて、気持ち悪い。
俺が、殺した。
俺が、殺したんだ。
「今の、見せてもらったよ。ねえ、私の元で、働けないかな」
ドアが静かに開いて、この場所には不釣り合いな美貌と笑みを浮かべた女が居た。
「俺は」
風見の顔を見た。
苦悶の表情を浮かべている。目に、光は宿っていない。
「ねえ、働いてみましょう。こんな監獄、おさらば。私と一緒に、この広い世界を駆けまわらない?」
心底楽しむ様な様子で、手をばっ、と広げてそう言った。
「・・・・・・雇ってくれ、俺は、お前のもとへ行くよ」
少なからず、俺は、この場所よりマイナスな場所はしらない。
それを言ってしまえば、ここよりプラスな場所も知らないが。
「そう、いい返事を聞けて嬉しい。じゃあ、早速行きましょう、初仕事だよ」
「・・・・・・なにをすればいいんだ」
「そうだなあ、この、貴方を監禁していた人達を、殺せばいいよ」
あっさりと彼女はそう言って、部屋の出口へ向かった。
出ていっていのか。
生まれてこの方、俺はこの部屋を出たことがない。
白過ぎるこの部屋で、俺はただ一心に、人を殺める方法と、自分を自分であり続けさせる方法を学び続けた。
ただひたすら、この「白い部屋」で生きる方法を学んだのだ。
「どうしたの?雇われた身なのだから、働いた方が、身のためだよ」
彼女は、俺が立ち止まっているのに気づくと、自分も立ち止まって、にやり、と悪戯に笑うと、また歩き出す。
すぐに出口にたどり着くと、
「準備はいい?じゃあ、踏み出しましょう」
「あなたの知らない、あなたの世界へ」
「どうしたの?」
「いや・・・出会った時のことを思い出していた」
俺は、横にいる女性―――――橘まどかを見た。
「あの頃から、あなたは変わっていないな」
「そう?ま、確かに、変わってないね。君も、私達の、関係性もね」
七か月前、まどかと出会って、俺とまどかは、「主従関係」出来上がっていた。
まどかの仕事は、生粋の「殺人鬼」だ。
まどかは仕事上、どうしても敵が多くなる。
闇の仕事は、闇の住人が執り行う。
仕事といっても、勝手にまどか自身がそう呼んでいるだけであって、別に俺は仕事とは思っていない。
「まどか」
「なに?」
「まどかは、何故俺を助けてくれたんだ?」
今となっては、七か月前に足首についていた痣もすっかり消えている。
「別に助けてはいないよ。欲しいものは、手に入れる。それが、私の信条だからね」
にやり、と意地悪そうに笑った。
「さあ、行こうか」
「今日の仕事か」
「うん。今日は、簡単みたいだから、帰ったら、一緒に晩御飯を食べよう」
「俺も行く」
「いいよ、君はここで待っていて」
そういうとまどかは、予あらかじめ用意していた小さなショルダーバッグを肩に掛けると、すぐに部屋から出て行った。
俺は椅子から立ち上がると、自分の部屋の扉を開けた。
狭いけれど奥にカウンタータイプの机がある。
左には、俺のコレクションしている「人を殺したことのある殺し道具」たちだ。
俺はそのうちのひとつを手に取った。
コレクションの中では、一番古い。
俺がはじめて手に入れた武器だ。
俺の、狭かった世界をぶち壊した、まどかが俺にくれた、最初で最後の、俺のために俺にくれた武器。
ほかのコレクションもまどかから貰ったものだが、基本的にまどかが人殺しに使った後、もういらなくなったものを、俺が欲しいと言って貰ったものだ。
手に取った武器は、小さなナイフで、血がこびり付いたまま、手入れがされることもなくおいてある。
赤黒く刃にこびりついた血液は、俺の当時の心そのものだった。
まわりが見えなくて、なにも知らなくて、一点から離れることを許されない。
「俺は、もう」
静寂が煩わしくて、俺は自室をすぐに出た。
この家には、もう二人同居者がいる。
「奏乃、夕食を作ろう」
俺は、俺の部屋の隣の部屋、灯あかり奏乃そうのの部屋の扉をノックした。
奏乃と書けば普通「かなの」とか読むんだろうが、何故か奏乃は「そうの」らしい。
返事は無い。
更に十秒、返事は無い。
「入る・・・」
中に入る。
相変わらず、変わった見た目だな。
真ん中の緑の液体の入ったガラスの柱(?)が天井まで続いている。泡が等間隔にうえへ登っていく。
周りも、電子機器がとにかく多い。
「おい、奏乃・・・奏乃!」
あまりにも返事が無いので、大きな声で叫ぶ。
「ちょっと待ってよ~・・・今行くからぁ」
奥から声が聞こえてくる。
三分。
「お待たせ、相変わらず冴えない顔だね、君はさ~。で・・・なにか用~?」
出てきたのは灯奏乃、俺の姉分に当たる。
まどかが目をつけスカウトした女だ。
だぼだぼの白い服を着ている。
腕やら腰やらに青いラインの入った、とにかくだぼだぼの服。
頭には、カチューシャに似たヘアバンドをつけている。
髪は薄紫の癖毛で、足元までとどくほどだ。
「早く要件を伝えてくれるかなあ~」
気の抜けた声で俺を急かす。
「ああ、まどかが仕事に出掛けたんだ。悪いが代わりに夕飯を作ってくれないか」
そう提案すると、眉をぴくりとも動かさず、
「いやだよ~・・・君がやればいいんじゃないかな」
「何故だ。俺は悪いがやることがある」
俺は踵を返して自室へ戻ろうとした。
だが俺の背に向けて、
「君か・・・もしくは、そうだなあ、横の住人に言えばいいんじゃないかなあ~」
ちらり、と奏乃の隣部屋を見た。
「ああ・・・あいつは無理だろう」
「じゃあ君が作ればいいんじゃないかな?まどか帰ってきて夕飯無くて困ったのを見て困るのは、誰かなあ・・・」
勿論夕飯が作られていないくらいで、まどかが怒る訳ないのだが、まどかに恩がある分、どうしても、心配になってくる。
いつ、まどかが俺を見放すのか、と。
「じゃあ、よろしくね~」
話す意味がないか、もう完全にやる気が無いのか、奏乃はすぐに部屋の奥へ戻っていった。
仕方ないか・・・
俺は全員合同利用のキッチンへ向かい、いくらか材料を冷蔵庫から出す。
合同利用といっても、ここは元々まどかの家なので、合同もクソも無いのだが。
今日の晩飯は、カルボナーラにしよう。
奏乃は一見ポンコツに見える。
かくいう俺だってそうだ。
今まで、奏乃がなにかアクションを起こしたところを、俺は見たことがない。
二人目の住人だってそうだ。
二人目は、俺は顔を見たことすらない。
まどかは、静かにしておいてあげて、というが、気になる。
前に聞いた情報では凄腕のハッカーで、たまにまどかの携帯にメッセージが来るらしい。
ご飯は、毎日部屋の前に置いておけば、次のごはんの時間までにはなくなっている。
「ただいま」
少しして、まどかが帰ってきた。
少し声に疲労感が感じられる。
「疲れているだろうまどか、もうすぐ夕食ができる」
「お帰り・・・私も、食べる~」
丁度その時に、奏乃が自分の部屋から出てきた。
「あ、奏乃ちゃんもただいま。じゃあ、一緒に食べよう」
にこにこと笑うと、カバンをリビングルームの椅子に掛けて、椅子に座る。
「悪いけど、カバン、片づけてくれないかな」
俺を見て、そう言うと、卓上に俺が用意したアイスティーを啜すすった。
俺は、カバンを持ち上げ、隣にある作業机に中身を取り出して置く・・・っと、その前に、机の一角に新聞とブルーシートを敷いた。
カバンから諸々のものを出す。
ティッシュ、ハンカチ、ゴム手袋、携帯、真空パック、ナイフ・・・
ナイフは、べっとり血がこびり付いて真空パックに入れられている。
「今日は、どんな人だったんだ」
「ああ、うん、なんか、黒い政治家・・・だったと思うよ」
胸ポケットの手帳を取り出すと、その中から、一枚の写真を俺に見せてきた。
写っていたのは、頭髪がほぼ無いに等しい狸面の男だった。
その写真の裏には、血をインクとして、指紋が捺おしてあった。
狸面の、今回のまどかの標的の男だ。
ナイフをパックから出して、洗面所で血を流す。
「まどか、これ、まだ使うか」
「うーん・・・まだ使うかな。明日も、仕事あるんだよね」
悩むポーズをとって、五秒。
「うん、明日使ったら、もう捨てる。じゃあ、ご飯食べよ。今日のご飯はなにかな」
「今日は、カルボナーラだ。まどかは好きか?」
「うんっ、キミの作るものは、全部大好きだよ」
とは言いつつも、まどかさんは、実はカレーライスと海老フライが苦手だ。
それを言うと、後ろめたそうに、タ、タベレマスヨ・・・と言った。
「キミも食べなよ。美味しいよ」
「ありがたく頂きます。まあでもそれ、俺が作ったんですが」
「そうだけど・・・ふふ、美味しいから、キミの作る料理」
まどかさんは、俺のことを名前で呼ばない。
それどころか、俺も名前は言っていないから、知らないと思う。
調べていたとしたら話は別だけれど。
俺だって、まどかさんが本当に「橘まどか」という名前なのかも知らないけれど。
外で名前を聞いた時は、「美衣子」や、「彩さや夏か」など、沢山の偽名を使っていた。
だから、ほんとうに「橘まどか」か、どうかなんて、本人のみぞ知るところだ。
家で使っている名前だからと言って本名だとは限らないしな。
「いただこう」
「私も、美味しく頂きま~す」
まあでも、それが俺達の日常で、「普通」な訳だ。
そういう意味では、これが俺達の、「暗殺者の日常」な訳だ。
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