(マークアップでは)ないです

//talk{*マークアップとは何か*というところは実際の作業にはあまりクリティカルでないから省きたいところだけれど、どういう切り口が良いか……}


唸り出す咲希。今日は10分に1回は唸っているのではないだろうか。ややあって「よし」と頷くとホワイトボードにテキストを表示させた。


//talk{こんな文があったとします}


```

田中が恐る恐る振り返ると、佐藤は柔やかな笑顔を浮かべていた。

```


//talk{「佐藤は」が不自然といえば不自然だけれど、何かの文の続きであればこういう表現も有り得るよね}


//talk{不自然、です?}


//talk{あっ食い付かないでいいから。続いて、こうします}


```

田中が恐る恐る振り返ると、佐藤は「柔やかな笑顔」を浮かべていた。

```


//talk{なんか不穏になりました!}


//talk{うん。鉤括弧で括って強調することで、語のニュアンスが変わって文意が違うものになりました}


//talk{でも、普通の文章ではありますよね}


//talk{ここで、別の文を前に加えてみる}


```

大人気菓子パン「柔らかな笑顔」を食べようと田中が鞄を漁ろうとすると、後ろから手が伸びて菓子パンを掴み去ってしまう。田中が恐る恐る振り返ると、佐藤は「柔らかな笑顔」を浮かべていた。

```


//talk{菓子パンの名前に「柔らかな笑顔」……。佐藤さんが超能力者になってしまった……}


//talk{まあ、なんちゃらのほっぺとかだってあるし。更に追加!}


```

大人気菓子パン「柔らかな笑顔」を食べようと田中が鞄を漁ろうとすると、後ろから手が伸びて菓子パンを掴み去ってしまう。田中が恐る恐る振り返ると、佐藤は「柔らかな笑顔」を浮かべていた。いつの間に釣り竿を!

```


//talk{釣り上げたならセーフ……いやでも先刻手を使ってましたよね。うーん}


//talk{ここまで来ると柔やかなのは菓子パンの話か佐藤の表情かも分からないね。扨、何がいけないと思う?}


//talk{菓子パンのネーミングセンスですね}


//talk{……今は創作だからそれも有るんだけれどね。大まかには2点}


咲希は苦笑しながらホワイトボードの表示を操作する。


* 固有名詞と強調を鉤括弧で表現しているため、文脈で判断する必要がある

* 固有名詞と被る表現を使っている


//talk{表現については文章力の訓練を要するところもあるけど、すぐ直せそうなのは鉤括弧だね。ここで、強調するときは鉤括弧の代わりに`*`を使うことにします}


```

大人気菓子パン「柔らかな笑顔」を食べようと田中が鞄を漁ろうとすると、後ろから手が伸びて菓子パンを掴み去ってしまう。田中が恐る恐る振り返ると、佐藤は*柔らかな笑顔*を浮かべていた。いつの間に釣り竿を!

```


//talk{あー、区別はできましたね。そう言っておいてもらえれないと強調っていうのは分からないですけれど}


//talk{そこはねー。蹊ちゃんメール文化無いだろうし。でも、「区別されている」というのは判別できたでしょ}


//talk{†柔らかな笑顔†みたいな記号でも区別はできますけど、それじゃダメなんですか?}


キーボードを駆使して七色計算機の画面上にも表示する蹊。


//talk{ダガーすぐ出せる人は多分あんまりいないと思うよ。んー、今出してもらったダガーはキーボードの印字には無いでしょう?}


//talk{それは†まあ†はい††}


//talk{で、`*`はUS配列にも日本語配列でも大体ある。少なくとも、大体の言語のキーボードで打ち込むのにあんまり苦労は無い。……とします}


一瞬遠い目をした咲希。苦労したというかさせられてそうだ。


//talk{よく使う表現を、使い易い記号で示せるようにする。抑、鉤括弧とか句読点とかだって記号だからね}


//talk{言われてみれば確かに}


//talk{大雑把には「文や語に対して、補足を加える」こういった役目を果たす記号を*約物やくもの*と呼びます}


//talk{そして「この語はこういう意図で~」といった情報を付加するのを*マークアップ*とします。マークアップについてはまだ詳しくはやらないけれど。約物は日常的な文章に馴染んでよく使われる一方、マークアップは素の状態では見る機会は……うん、素の状態ではあまり無い}


//talk{ヤクモノとマークアップ。ん……? 補足と情報の付加って違うんですか}


//talk{同じであったり違ったり解釈次第かな。まあ、厳密な議論をしている人からすれば違うのだろうけれど。で、喩えば先刻の強調、これ、「意図」という程仰々しくはないというか、割とカジュアルに登場するよね? 少なくとも、鉤括弧で表現されたら、文脈で理解できる程度に}


//talk{おお}


//talk{で、そういうカジュアルなものを表す方法を、約物の記号に加えてみても良いじゃない? 今やったのはそんな風に、文章に使う記号をちょっとだけ増やすってこと}


「ふぅ」と息を吐く咲希。ちょっと満足気だ。


質問というか気づいたことがあった。



//talk{ちょっと分かってきたんですけれど、ちょくちょく「とします」って使うの、乱暴な話運びしてます?}


//talk{正解}



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る