誰のために・何のために
//talk{それでは今日から、我が部の一員として研鑽をしていきましょう}
蹊の文藝部入部、二日目。実質的初日。先日は影も無かったと思われるホワイトボードをパンと軽く叩き、咲希が活動開始を告げた。
//talk{それ、昨日はありませんでしたよね?}
//talk{便利は便利だけれど、タブレット端末で困ることもあんまり無いからね。大人数だったり大きくキャンバスが必要な、セミナーとかワークショップでもないと使わない。普段は倉庫にあるよ}
//talk{私一人のために持って来てもらったんですか}
「恐縮です」と言うと「言うて、ゴロゴロ転がすだけだからね」と返される。「最適な道具と判断して、コストが見合えば躊躇う理由は無いよ」と事も無げに続けるのを聞くと、人間が出来ているなと感じる。
咲希の今日の装いはパリッとしたシャツにオフィスらしいジャケット、下はスキニーという構成。普段着で良いと言われた蹊はロングのTシャツにジーンズだった。
。
//talk{扨、蹊ちゃんはイベント引き継ぎ資料を一生懸命作りました。一生懸命作った資料を読むのは誰でしょうか}
ホワイトボードに一瞬で描かれたのは唸って鉛筆を持つ女の子から伸びた矢印、矢印の先端にあったのは『
突然現れたイラストに驚いていると「電子ホワイトボードだからね」と告げられた。「その顔だけで持って来た甲斐があるよね」と満足気。
//talk{そりゃあ、引き継ぎなので、次にイベントを担当する人達ですよね}
//talk{そうだね。で、この数百ページの資料は何人が読む想定かな?}
//talk{え、皆に読んでもらうために作ったので皆に見てほしいですけれど}
「先ずはそこだね」と咲希が差し込む。
//talk{このイベント、結構大きかったんだね。必然、関係する人も結構沢山いる。蹊ちゃんはこのイベント全体に拘っていて、どこで何やっていたかを大体知っている。で、今回資料を作るにあたって、改めて関係者の話を聞いて補強した}
//talk{えと、はい。でも情報は多い方が良いって昨日も言ってもらいましたし、それは良いんですよね?}
//talk{まあ、資料制作自体も君は指揮をメインにすべきだったというのはあるけれど、それはそれ。『必要な情報へのアクセス方法が分からない』というのが端的な問題。もう少し分けるとこんな感じ}
ホワイトボードの表示が切り換えられる。
* 話題が混在している
* 特定の内容について探す目印が提供されていない
* ある箇所の理解に必要な文脈が全体に散らばっている
//talk{『自分以外の人に必要な知識はどれか』を考慮するのが書くときに抜けていたんじゃないかな、なんて思っているんだけれど、どうかな}
責めるような口調ではない。しかし、どうにも耳に痛い話だったので、ロングTシャツは俯いてしまう。
//talk{こう、流れの中で色んな作業があるという感じだったので。『この人にはこれが必要』みたいのは分け辛いというか}
モニョモニョと歯切れの悪い蹊の言葉へ、意外に、咲希は頷いて返した。
//talk{全体の流れを感覚で持っている人間は必要だし、初めて中心に据えられた人間が情報の取捨をするのはリアルタイムでは難しい。というか早々に破綻してポシャるか分業体制まで持ち直すところを個人のパワーで引っ繋いでしまえたために、最終的に一人で引き継ぎ資料を作ることになっている}
前半慰められたと思ったけれど後半そうでもないような。
//talk{で、次回の中心の人にも同じ体験をしてほしい?}
//talk{……いえ、次は私みたいにテンパらなくて済むように、ちゃんと引き継ぎ資料を作ろうと思って}
//talk{うん。ニュアンスとしては再三になるけれど、努力と熱意は良いんだよね。
「それは置いておいて」と咲希が並行に手を立て、右から左に移動させる。置くジェスチャーが可愛いらしい。
//talk{蹊ちゃんが体験した大変過ぎる部分をせずに済むようにしたいということもだけれど。作業記録を残すのも、反省点を並べるのも、次へ改善するということが目的だから。読んだ人がそれを基に、前回よりも楽になるように作るべきってこと。文書はコミュニケーションだから、伝えたいことを意識しないといけない}
そうだ。大変だったということを伝えたかったのではない。
//talk{で、具体的な話の第一歩は『分ける』ことだね。書いた内容をまとまりに整理すること。流れを理解することと、*流れでしか理解できない*ことは全然違う話だから。……大概は}
//talk{分ける、分ける。……うーぬ。どうすればそういうの、分かるようになるんです?}
//talk{訓練としては大量に文書に触れるのは欠かせないんだけれど、効率化の観点では、文書の
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