文藝部 The Art Of Documentation
日溜。
文藝部(Literature Clubでない)
//talk{通わせたい子がいるということで連絡を受けたのだけれど。貴方だよね。……扨、文書は、好きかな?}
午後十五時四十二分。それは陽光が白色から赤へと変ずる途中。青空の、じわりと焼け始めた頃。西日を避ける配置の室内は、彼女が背にする窓向こうの明るさ分だけ暗く映る。
問い掛けの声色は柔らかで自然であるのに、此処が裁判所の法廷で、被告として立たされているような錯覚を覚えるのは何故なのか。
//talk{あぇ、えっとですね、先生にお薦めされて来たんですけれど、私あんまり小説とか書いたり読んだりはしなくてですね、嫌いというワケではないんですけれど流れが分からないというか}
(ともすれば野暮ったさを感じさせるような)大きな丸いレンズの奥から透った視線は温度は無く。冷酷さを感じないのに唯鋭い視線というのがあるのだと、
最近整えてもらったばかりのショートボブ、緩くウェーブをかけたその髪先は、緊張が伝ってか頼りなさげに揺れている。射竦められた心を置き去りで、躯はといえば掛けられた言葉も早鐘を打つ鼓動が邪魔で『文』『好きかな』くらいしか聞き取れず、それを呼び水に自身の事情が口から溢れたのを止められなくなった次第であった。
文藝部。小説や詩を書いたり読んだりする部である、筈。
そう、蹊は別に文芸に興味があったから此処に来たのではないのだ。興味があったからといって部活動に参加するかは別問題ではある。あるが、春先の新入生歓迎バフがとうに外れ、共通体験を重ね、相互理解が進み、組織の内輪感が増している時期。どうして自発的に知らない領域に足を踏み入れようか。いや部活が好きかとか文学作品が好きかとかではなく。蹊はただイベントの引き継ぎ資料を情熱的に制作し馴染みの教師に提出をしただけであるのに、いつの間にかこの文藝部室へ向かう運びになっていたのである。
此処は文藝部なのだから、本は好きかと問うのは当然といえば当然であろう。果たして文藝部に所属する程の人に向かって好きだと言える程に好きかというと分からないが、いや待て
//talk{まあ私は好きでないんだけれど}
//talk{——あ、はい。……はい?}
向こうが言葉を重ねたから——というより視線を外したので、思考が戻って来た。戻って来たが、その流れで好きじゃないのか。あと「私も」でなかったので、どうやら此方の話は流されたらしい。
//talk{つまり、好きかどうかはどうでも可いんです。更に言えば、したいかどうかもどうでも可い}
続ける眼鏡の君。どこか奈辺を見遣るように首を巡らせている。視線ばかりが印象に刺さっていたが、くるくるとした一条の髪束が揺れる様子は、先程の怜悧さを感じさせずふわふわと可愛らしい。
と、今、不穏な内容があったような。
//talk{あの、したいかどうかは大事ではないかと、はい}
//talk{コミュニケーションは大事だわ……だね}
いや先刻からずっとコミュニケーションされてらっしゃらないが。眼鏡の君のふわふわとした揺れと弁舌は続く。
//talk{実務観点として、意思伝達が困難な状態で仕事は任せたくない。実際の業務でなくとも、話の通じる相手は多い方が好ましい}
//talk{マス・コミュニケーションを例に出す迄もなく、対話だけがコミュニケーションではない。そして、私は
//talk{文藝部は、貴方が文書を書けるように指導します}
後の話では、お嬢はこのとき徹夜で直しの入った案件が終わってハイだったらしい@note[^1]。
//note[^1]{更に後にお嬢は徹夜をしない、つまり可愛いらしいことだと咲希にバラされる回が見たい。}
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