8.キャンプ二日目(和やかに見せかけて戦争勃発)-2
「……よく寝てしまった」
「気持ちよさそうに寝てましたよ」
キャンプ二日目は夕方まで自由行動だった。
ほとんどの生徒が施設内にいる事を選ぶ中。龍治たち一班はハイキングを共にした先生に引率され、コンシェルジュの一人を伴い、宿泊所近くの川へ向かった。
底まで見えるほど透き通った川は、深さは最大で大人の膝下までと云う子供の遊び場に丁度良いところだった。それでも水着に着替えて水遊び、と云う訳には行かないのが『瑛光学園』である。川に来ても、足だけ浸したり、魚を観察したり、川辺でのんびりしたりする程度だ。
それでも室内にこもってるよりよほどいい、と云う龍治の
最初こそ浅瀬でぱちゃぱちゃと水遊びをしていたのだが、前夜の夜更かしが悪かったのだろう。龍治は眠気に襲われてしまい、柾輝に勧められるまま、川辺の木陰で横になった。少しだけのつもりだったのだが、目を覚ませば軽く二時間は経っていた。
「せっかく遊びに来たのに時間勿体ねぇ!」と起きた直後は嘆いたものの、結局は柾輝と
起きたら右側には座った状態で自分を笑顔で見下ろしている柾輝、左側には幸せそうに眠っている花蓮が居た。花蓮の隣には
先生とコンシェルジュの優しい眼差しが恥ずかしい。
「まだ遊ぶ時間はありますから、あまり気になさらない方が宜しいですよ」
「……そうだな。それにしても気持ちよさそうに眠ってまぁ……」
つい、つんつんと花蓮の頬を軽く突いてしまう。些細な悪戯だが、恵理香からは「まぁ、龍治様ったら」と咎められてしまった。
「花蓮様も気持ち良く眠ってらっしゃるのですから。いたずらはほどほどになさいませ」
「はい」
神妙に返事をする龍治に、周りから穏やかな笑いが零れた。恵理香も楽しげに笑ってくれたので、ホッと安堵する龍治であった。
柾輝だけ少し硬い笑みを浮かべていたような気がしたけれど。気のせいだろう、多分。
(柾輝の笑顔凍り付きポイントが、いまだによく分からん……)
そのあと花蓮たちも目を覚まし、川辺の草花を見て回ったり、龍治と玲二が喜び勇んで捕獲したセミに莉々依がマジ泣きしたり、その流れで恵理香にまた
自由行動が終わっても、夏であるためまだ空は明るい。もう少し遊べるのではと思えてしまうが、時間を見れば丁度帰る頃合いだった。
「さーて、気合い入れるかー」
腕を空へ伸ばしてストレッチ。玲二が「やる気満々だねー」と笑いながら同じ動きをした。
気合いを入れたい行事が、この後待っているのである。
*** ***
本日のメインイベント。
龍治が密かにどころかオープン気味に楽しみにしていた、カレー作りである。
野外だったら云う事無しだが、残念ながら室内だ。意味がわからない。キャンプの単語をどこへ吹き飛ばしているのだ『瑛光学園』は。
「ご飯だけは
「やるの先生じゃないかっ。野外で料理ってすっげーやりたかったのに!」
「まぁ、龍治様ったらワイルドですわっ」
「さすがは龍治様です……ッ」
「いつかやる機会あるよ。今度はみんなで本格的なキャンプするとか」
「玲二の意見採用。全員、夏休みに予定あけとけ!」
「まぁ!」
「楽しみですわっ。本格的なキャンプってどんなものでしょう?」
「今夜家に連絡を取って予定をあけます!」
本格的とは云っても、キャンピングカー使用のものには違いないが。学校の名ばかりキャンプよりはよほどキャンプらしいものになるだろう。龍治が即断した話にみんなが乗り気で嬉しい限りだ。
とにもかくにも、カレー作りである。
立派な設備のキッチンにて、各班ごとに調理するのだ。
レシピは事前に配られていて、そのまま作ってもよし、アレンジを加えてもよしとかなり自由度が高い。こんなところで「自主性」だけは保障された。
材料はあり余るほど用意され、そこから自分達が必要だと思う分だけ持って行く。肉は国産ブランド、魚介類は今朝港から直接仕入れた新鮮なもの、と。調理実習の枠を超えているのは毎度の事なので、龍治ももう突っ込まない。そう云うものなのだと諦める。
(庶民知識が「なんでやねん」と突っ込みを入れて来るけど、『瑛光学園』だから仕方ないんだ……!)
国民食であるカレーライス。その起源はイギリスであると云う説が有力らしい。
クリームシチューを作っていたある主婦が、苛立ち紛れにカレー粉を鍋に叩きいれた事によって出来上がったとか。
他にも色んな説があるが、龍治はこの説が一番面白いなと思ってる。肉じゃがの起源に勝るとも劣らない。料理の起源なんて、そう云う偶然がものを云うのかも知れない。
カレーと一口に云っても、作り方は千差万別。各家毎に違う。自分の家と違うからと云って、間違いと云う事はない。ある意味、全ての作り方が正解と云ってもいいだろう。卵かけご飯に各人流のやり方があるのと一緒だ。
とりあえず龍治達は、トマトを使ったハヤシ風カレーを作る事にしていた。指揮を取るのは、無論龍治である。
「任せろ……。俺はこの日のために、我が家の食事と賄いが連日カレーになるくらい作ったからな!」
使用人達はともかく、両親は途中で泣きが入っていた気がする。カレー美味しいのに。
「そ、そんなに作ったんだ?」
「美味しかったですよ。僕も手伝いましたが」
「ず、ずるいですわ柾輝様! 龍治様のカレーを一人占めなんてっ!」
「僕一人が食べてた訳じゃないですよ? おかわりはしましたけど」
「ずるいですわー?!」
「大丈夫です花蓮様! 今日はたくさん食べられましてよっ」
さてまずは材料を取りに行こうと、男子陣が連れだって先生方の元へ向かう。材料を吟味し、肉を選び、ルーを手にする。
「お肉ってどれがいいのかな。なんか、色々あるんだけど……」
「牛肉の薄切りだ。煮込む時間を短縮したいからな」
「あ、なるほど」
「ルーは甘口だけですね。龍治様のお好きな中辛がありません……」
「そこら辺は仕方ないだろ。小学生だし。……あ、このルー、うちが贔屓にしてるホテルのだ……」
「帝王ホテルの? わー、贅沢ーぅ」
「……大半の奴らが、駄目にするのにな……」
「龍治様、それは云わぬが花というものです」
「まぁ、その……仕方ないよねー」
遠い目をして呟く龍治に、困った顔の柾輝と曖昧な笑みを浮かべる玲二が答える。
いくらレシピがあろうとも、設備が整っていようとも、選りすぐりの材料があろうとも。普段から料理をしない者に料理の神様は微笑まない。何事にも守るべき基礎がある。料理が出来ないやら下手だとか云う人間は、その基礎が出来ていないのだ、と龍治は思うのだ。
基礎が出来てないから、素っ頓狂な事をやらかす。それは料理だけでなく、様々な事に共通するのではないだろうか。ルールを知らずにスポーツが出来ないのと一緒だ。料理のルールがわかってなければ、料理なんて出来る訳がない。
世の中には、「料理は愛情」とほざいて「愛があれば食べれるでしょ?」と不味い飯を人に食わせる者がいるそうだが。龍治とゼンさんの記憶に云わせれば片腹痛い。
「料理は愛情」の意味は、「愛さえあれば不味くても喰える」ではない。それは頭に花畑が展開した阿呆の云い分だ。「愛があれば、作り方は自然と丁寧になる。その結果、美味しくなるだけ」なのである。
故に料理に要求されるのは、基礎、知識、技術、情熱、愛である。これら全てが揃っていれば、美味しい料理はプロでなくとも作れるのだ。
そしてこの場に居る子供達のほとんどが、それらを満たしていない。
結果、失敗作ばかり出来上がるのだ。
(かなしいげんじつ)
花嫁修業として料理を学んでいる者は、初等科において実は意外と少ない。何故ならほとんどが大層な金持ちの家の子女。料理などは使用人の仕事である。彼女たちに求められるのは人前に出て恥ずかしくない立ち振る舞い、夫を支える為の胆力であった。
大財閥の令嬢でありながら、料理を学んでいる花蓮の方が珍しいのである。
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