4.キャンプ一日目(バスにて前哨戦)-2
出発前に小競り合いがあったものの、バスが走り出せば和やかなものである。
花蓮は本当に眠かったようで、龍治たちへ「おやすみなさい」と一声かけると、カーテンを引いて早めの昼寝に突入した。要らんと思っていたカーテンが、なんと早々に役立っている。これはカーテンへの謝罪案件だった。
向こうにつけばすぐハイキングがあるので、賢い選択だと龍治は思う。眠気で足下がおぼつかない状態で挑めるほど、
恵理香と莉々依は
ゼンさんも必死になって云っている気がする。「肌がうるつやもっちりな十代に、化粧品とかいらんから!」と。
「あ、そうだ。龍治君、柾輝君、このチョコ美味しいよー。食べてみて!」
「お、ありがとう」
「ありがとうございます」
柾輝と話していた玲二が、思い出したようにウエストポーチから小さなお菓子を取り出した。
指先でつまめる小さなチョコレート。安価なビニールと紙に包まれ、柾輝経由で龍治に届いたチョコは――庶民のお供、チロリチョコだった。
しかもキナコ餅味。素晴らしいチョイスだ。
「――どこで入手した?! むしろ、どうやって入手した!」
「いや、うち、道場だから。そこそこ金持ちだけど、皆みたいに庶民のおやつ禁止令は出てないから。普通にコンビニで買ったよ」
「羨ましい!」
ぐぬぬと唸ってしまう龍治である。
舌が肥えつつもゼンさん記憶のお陰で庶民派嗜好である龍治は、悲しい事に伯母と一緒でないとこう云った物にありつけないのだ。
龍治にデロ甘な両親であるが時には厳しい。「綾小路家の者が口にしてよいものではない」とこの手の食べ物は禁止されていた。毒が入ってる訳でもないのに、そんな事云われても困る。
お高いチョコは原材料からこだわっていて製法も難しく、見た目は綺麗でとても美味しいが。一枚百円の板チョコだって龍治には美味しい。たまには
そう常々龍治は思っているのに禁止されて食べられない物が、玲二はコンビニで普通に買えるだなんて。身悶えレベルで羨ましい話だった。
「嬉しいです。僕も好きですよ、チロリチョコ」
「柾輝君、食べた事あるの?」
「はい、前に龍治様がお土産にと下さいました。幸子様――龍治様の伯母様と御一緒に出かけられた際、こうしたものを買ってきて下さるんです」
「へぇー。龍治君優しいねぇ。あ、そのキナコ餅味、僕のお勧めでね――」
また話に花を咲かせる二人を、龍治は横目で眺める。
柾輝は基本、こうして人がよい笑顔で和やかな会話が出来るのだ。ただ何故か、龍治がいると排他的になる。「まるで羊を守る牧羊犬のようだ」と評された事もあった。この場合、羊は龍治になるのか。綾小路龍治をつかまえて羊とは恐れ入る。
チロリチョコの種類について熱心に柾輝へ
どうしても――どうしても、一致しない。
(禅条寺玲二って――……あの『禅条寺玲二』だよなぁ?)
龍治の中にある前世の記憶の中で、特に無視できない情報である乙女ゲーム『世界の全ては君のモノ』。
このゲームには『綾小路龍治』『岡崎柾輝』『東堂院花蓮』と云う自分達と同じ名前、容姿、境遇のキャラが登場しており、それにより龍治は本来感じなくていいはずの「三人の離散」と云う恐怖を抱くハメになっている訳だが。
そのゲームには『禅条寺玲二』と云うキャラも存在した。
名前の字は間違いなく同じであり、武家の血筋である道場の子と云う
だがしかし、他の情報がまったく一致しないのである。
(『禅条寺玲二』は金髪碧眼の美青年。武道は幼い頃、父親に大怪我をさせられた事がトラウマになって辞めている。それからは詩や音楽などに傾倒し、その整った容姿から異国の貴公子のようだと女子生徒から人気を集める。『綾小路龍治』を敵視していて、ヒロイン争奪戦への参戦も最初は『龍治』への対抗心が強かった――)
つらつらとゼンさん記憶にある『禅条寺玲二』の情報を思い浮かべた。
どれもこれも、本当に全くと云っていいほど違っている。
(泥沼や病み展開が多い中で、唯一マトモさを失わない攻略キャラであり、コメディ要素もある。『龍治』を敵視するあまり空回りする事が多く、その事をヒロインに慰められ、少しずつヒロインへの好意を深めて行く。ルート中、ヒロインが『龍治』へ関心を向けると少しヤンデレ気味になるが、他キャラと違いすぐ元に戻る上、泣いて謝ってくるヘタレキャラ。ヒロインに捧げる詩を作ったり、楽器演奏アピールが多い事で、ファンから「吟遊詩人さん」、もしくは『龍治』と対極にいるキャラとして「太陽王子」と云うあだ名が付けられている。愛情をこめて「おバカ王子」と呼ばれる事もあり、と)
これが大まかな『禅条寺玲二』のキャラ情報だ。
しかし、実際の玲二とは名前と実家以外全く被らない。
玲二は黒髪黒目の市松人形仕様。今も武道を修めようと懸命に修業中。詩にも音楽にも深い興味はない。極めつけに、龍治とは良好な友情を築いていて、敵対関係になどなかった。
(いや、最後のは……今後どうなるか分からないけどな。俺は玲二を好ましいと思っているけれど、何か些細な切っ掛けで仲違いするなんて、よくある話だし)
そうなったら哀しいので全力で回避したい所だが。世の中何があるかわからないので、覚悟はしておいた方がいいかも知れないなと、龍治は重い溜め息をついた。
ついて――何を考えているのだ自分は、と呆れた。
(自分でここはゲームの、『せかきみ』の世界じゃないって判断したじゃないか)
なのに気付くと『せかきみ』の物語を思考の中心に置いてしまっている。確かに、あまりにも合致する要素が多すぎて「警戒は必要」に違いないのだが。
――ゲームを基準にするのは、行き過ぎな気がした。
龍治たちは今ここで“生きている”。自分たちは確かに現実を生きていると、龍治自身が確信しているのだ。ゲームの世界ならば、そのような自覚はいらないだろう。攻略キャラ、NPCには不要な情報だ。ゲームは1と0の情報で組み上げられた世界なのだから、必要のないものは存在しない。いらないもので溢れているここは、ゲームの世界などではないのだ。
あくまでゲームと酷似した世界であると、考えるべきだ。
(このあたりはゼンさん記憶の弊害かもなぁ……)
前世の人がやり込み、盛大にハマり、薄い本を作ったり買い漁ったり、さらにはオフ会にまで参加するほどの入れ込みようだった記憶が強烈すぎるのが問題かも知れない。
あまり検索したくない記憶の群れだ。特にオフ会。垣間見た記憶に盛大にぶっ倒れた事があった。詳しくは云わない。ただ一言で云えば、仲間しかいない場所での
「ねぇ、龍治君はどの味が好き?」
「ん?」
「もう、聞いてた?」
「あ、悪い。少しぼーっとしてた」
「大丈夫ですか、龍治様? お疲れでしたらお休みになられた方が……」
「ん、大丈夫だ。気にしなくていい。悪いな玲二、なんだった?」
心配してくれる柾輝に笑いかけてから、玲二に目を向ける。玲二は少し頬を膨らませていたが、すぐ笑顔に戻って話を再開した。
「チロリチョコで何味が一番好きかって話してたんだ」
「あぁ……俺は抹茶あずきかな」
「龍治君渋いねっ」
「そうか? 美味いだろ、抹茶あずき」
「僕も好きですよ。お抹茶のチョコ」
「やっぱり定番のミルクチョコがよくない?」
「定番も大事だな。基本、基礎、定番がよく出来ているから、変則の味が生きて来る」
「あ、それならさぁ――」
女子と同じくお菓子の話題で盛り上がる。のんきにはしゃく龍治たちを乗せたバスは、目的地へとまっすぐ向かっていた。
ゼンさんの記憶にあるような、後ろの席の子と喋っているうちに気分が悪くなるだとか、皆でカラオケだとかはなかったが、それでも楽しい事に違いはなく。
ゼンさんの記憶が、「よかったねぇ」と笑っているような気がした。
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