3.幸子伯母さまと喫茶デート-2

 軽い悶着はあったものの、その後の班決めも班内での話し合いもすんなりと終わった。

 班長は反対意見ゼロで龍治となり、副班長は女子代表の花蓮に決定。班内の人間関係はすこぶる良好。これはキャンプが楽しみだと家へ帰ると、サプライズが待っていた。


「龍治さん、柾輝さん、お帰りなさい」

「龍ちゃん、柾輝くん、お帰り!」

「ただいま……って、幸子伯母様!」


 玄関をくぐれば、いつもと同じく微笑む母と、眞由梨について相談しようと思っていた美貌の伯母が出迎えてくれる。

 柾輝も知らなかったらしく、挨拶をしながら途惑った顔をしていた。


「どうしてうちに……あ、今日会う約束してましたっけ?」


 スケジュール管理は柾輝と龍治付きの秘書に任せているが、自分の予定なのだから全部覚えている。今日の予定は特になかったと記憶していた。もしや伯母と会う予定を忘れてたのかと慌てる龍治に、幸子はケラケラ軽く笑う。


「ううん、あたしが突然来ちゃったのよ。竜貴たつきさんにも会いたくって」

「そうでしたか」

「そうそう。さ、龍ちゃん、伯母様とデートしよっか?」


 ニコリと微笑む幸子伯母は、どう見ても三人の息子と娘一人を産んだ子持ちに思えない。眞由梨と一緒に歩いていると姉妹に間違われる、と云うのもお世辞ではなく納得と云うものだ。

 父の姉である幸子にも、ロシア人であった祖母の血が流れている。そのため父と同じく、顔の造形が少し日本人離れしていた。研ぎ澄まされた美貌も目を惹くが、もっとも目立ち異国の血を感じさせるのは目の色である。

 髪の色は緑がかった黒なのだが、瞳の色は龍治と同じ蒼色だ。切れ長の蒼い目は氷を連想させる。その美貌と目の色から、少女時代は「氷姫こおりひめ」の愛称で呼ばれていたとか。

 性格の方は氷の冷たさとはほど遠く、まるで太陽のように明るいのだけれど。


「丁度よかった。俺も話したい事があったんです」

「りゅ、龍治様……」

「柾輝、留守番頼むな。母さん、夕食までには戻ります」

「はい、気を付けてね龍治さん」


 今日は習い事の無い日だったので、伯母からの誘いを喜んで受け入れる。本当に丁度よかったと、龍治はランドセルを降ろしながら笑った。

 母の側に控えていた使用人が「お預かり致します」と受け取ってくれたので、礼を云って任せる。後で柾輝が部屋に持って行ってくれるだろう。


「お義姉様、龍治さんをお願い致します」

「はぁい、任せて頂戴な。さぁ、行きましょう龍ちゃん!」

「はい、伯母様。じゃぁ行ってきます」


 母と柾輝にヒラッと手を振って外へ向かった。

 柾輝を連れて行かないのは、伯母と二人きりで話したいからだ。常に龍治の側にいて休む暇もない柾輝に、休憩をあげたかったと云うのもあるが。放っておくと働き通しなのだ、柾輝は。

 伯母には常時三人の護衛が付いているから、身の安全は保障されていた。特別危険な場所へ行くわけでもない。

 龍治の行動に目をギラギラ光らせる父も「姉さんが一緒なら大丈夫だろう。勉強にもなるからね」と柾輝を連れて行かない事も許してくれていた。

 例え父が許さないと云ったところで、伯母が強引に許可をもぎとるだろうが。

 怖いものなど何もなさそうな父・治之であったが、唯一、己の姉には弱い事を龍治はよくよく知っていた。


「今日はどこにしようかしらねぇ」

「夕飯は家で食べますから、お茶飲むくらいですかね」

「ならあそこね!」


 みんなの「いってらっしゃい」を背に受けながら、龍治は伯母と手を繋ぐ。

 母の細く冷たい指先と違い、伯母の指は力強くあたたかで、その違いがなんだかくすぐったかった。



 *** ***



 そうして伯母に連れられて来たのは、コーヒー一杯に千円以上取る一流ホテル喫茶店――ではなくて、季節のお勧めアイスカフェオレ(S)が三百五十円のコーヒーチェーン店「カフェ・ド・マリエ」だった。

 光を最大限に取り入れるためか、出入り口周りはガラス張りになっている。店内は明るく、若い女性客が多かった。もちろん恰幅のいい中年男性もいるし、母親に連れられた幼い子供もいる。しかし店の中は騒がしさとは不思議と遠く、穏やかな雰囲気が漂っていた。

 龍治と幸子が入店に合わせ「いらっしゃいませ」を云うべく顔を上げたアルバイトくんが、ぽかんと口を開けて呆ける。店長である女性が彼の頭へ手刀を落とし、代わりの「いらっしゃいませ」を云ってくれた。とびきりの笑顔と一緒に。

 注文した商品は手早く用意され、幸子がトレイを持って空いている席へと一緒に向かう。途中で幾人もの客が龍治が幸子の顔を見て呆けているが、いつもの事だと流した。

 自分で云うのも本当になんだが、伯母甥そろってとびきりの美形なので。周りのこうした反応は慣れっこだ。この店舗の店長は、龍治たちがちょこちょこやって来るので慣れてくれたのである。店長の反応も、最初はポカンだった。懐かしい。


「あまり混んでいなくて善かったわ」

「席がないと困りますからね」


 主に周りが。慌てて席を譲ろうとしてくれたり、飲み残したまま帰ろうとしたり。憩いの時間を邪魔するのは本意ではないので、そこまで気を遣ってくれなくても善いと思う龍治だった。

 本日も店内には民族風の曲が流れている。落ち着くBGMを聞きながら龍治はソファに体を預けて、ハフーと溜め息をつく。その溜め息を無かった事にするように、伯母に買って貰った温かいカフェオレを一口飲む。

 もう六月なので外は日本特有の蒸し暑さに支配されつつあるが、店内に入ると涼しいどころか少し寒い。これで冷たい物を飲めば内臓を冷やして体に悪い、とゼンさんの記憶が云うのだ。

 内臓を冷やすと宜しくないと云う知識があるせいか、龍治は季節に関係なく温かい飲み物や食べ物を好む傾向にあった。汗をかいた後はさすがに冷たいお茶や水、スポーツ飲料を飲むけれど。


「ふぅ、ここのカフェオレは美味しいわねぇ」

「はい、美味しいです」

「ふふふ、龍ちゃんが伯母さんと同じ好みで嬉しいわぁ」


「家族はだーれも付き合ってくれないのよー」と伯母は頬を膨らませて云った。それに龍治はつい笑ってしまう。愛嬌のある仕草が似合う、可愛い伯母だ。


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