第10話聖者の萌芽
道を慌てて駆けるかたわら、中年男性に名前を聞くとグラーフと名乗った。
このグラーフの娘が呪いに侵されているという。
解呪は本業ではないが、俺には解呪の能力も備わっている事がルリカの一件で証明済みだ。
今回も出来るはず。そう自分に言い聞かせ、グラーフの家まで足早に急ぐ。
グラーフの家は何の変哲もない武器屋であった。グラーフはこの店を営業しているのだろう。
家に到着し、ようやく落ち着いた所でグラーフに事情を訊く。
「娘さんが呪いにかかったって言いますけど……具体的には?」
「ああ。俺は見てわかる通り、武器屋をしているが、同時に鍛冶師でもあるんだ。この王都の近くの荒原で鍛冶の材料になる石を娘と一緒に採っていたんだが……そしたらそこにこの辺りでは見た事もない悪魔型の魔物が現れて……」
サプライズエンカウントというヤツだろう。
本来、その地域には存在しないレベルの魔物がいきなり現れる事がある。
事故に遭うようなものでそれに遭遇してしまったら不幸と言うしかないのだが、娘に呪いをかけられた身としては不幸の一言では片付けられないものだろう。
「なんとか逃げ切ったんだが……」
「娘さんが呪いに侵されてしまったんですね」
俺の言葉にグラーフは重々しく頷く。そして、二階への階段を進み、一室の扉を開く。
小さな部屋だったが、娘さんの私室だろうか? そのベッドの上に10歳くらいの女の子が苦しそうに横になっている。
顔色は悪く、体全体を黒ずんだ靄に包まれている。
以前のルリカの時程、重い呪いではなさそうなのが救いだが、すぐに解呪しないといけない類なのは間違いがなかった。
「頼む。あんただけが頼りだ。ウチみたいな貧乏武器屋じゃ聖教会に解呪してもらうお布施金を払えねえし、コネもねえ。聖女に匹敵するっていう解呪能力で娘を救ってくれ」
「聖女に匹敵する……は言い過ぎかもしれませんが、やれる限りはやってみます」
そう言い、俺は娘さんの傍に立つと手をかざす。
そこに魔力を集中させる。淡い緑色の光が放たれ、娘さんの体に吸い込まれていく。
すると、娘さんの体から黒い靄は消え失せ、その顔色も元に戻る。
とりあえず、解呪、成功、という事でいいのだろうか。
「これで多分、大丈夫です」
「おお! ありがとう! メアリーを助けてくれて!」
感極まった様子で涙ぐむグラーフは俺の両手を取り激しく握る。
鍛冶屋もやっているだけあり、凄い握力だ。俺は痛みを感じていたが、顔に出すのは悪いので耐える。
そうしている内に両手が解放され、グラーフがメアリーの傍に寄り、様子を見る。
顔色は徐々に血色が良くなってきているし、荒かった呼吸も落ち着いたものになりつつある。
まず解呪は成功だろう。これで問題ないはずだ。
「大丈夫そうですね。それじゃあ、俺はこれで……」
「ああ! 待て待て! お礼の一つもさせずに帰る気か!?」
「そ、そう言われましても……」
別に大した手間でもなかったし、呪いに侵されている人を見過ごす事は出来ない。
当然の事をしたまでなのでお礼を貰うなど始めから頭の外だった。
「……と言ってもウチに金はねえし、武器を渡して礼にしようにもウチの武器に大したものなんてねえしなぁ」
「ですからお礼なんて結構ですって」
「そうだ! これならいい!」
俺は遠慮しているのだが、それに構わずグラーフは紙を持って来ると何やらペンで書き込み、サインをし、封筒に入れて俺に渡した。
「これは?」
「俺の知り合いのドワーフの鍛冶屋・グラボへの紹介状だ。王都には住んじゃないないんだが、超一流の武具を作る鍛冶屋だ。会った時に渡せば便宜を図ってくれるはずだぜ」
「そ、それじゃあ、ありがたくいただいておきますね」
手紙程度なら受け取ってもそこまで気にするものでもない。俺の言葉にグラーフは頷く。
「それじゃあ、ホントにありがとよ。娘を助けてくれて」
「いえ、当然の事をしたまでですから」
そう言い、俺はグラーフの家から出て『光輝なる鳳凰』本部に戻る。
『静謐なる白馬』のパーティールームに行くと誰も帰る事なく俺を待っていた。
「どうだった?」
レオンが訊いて来る。俺は笑みを浮かべた。
「ああ。大した呪いじゃなかった事もあってなんとか解呪出来たよ」
「なんとか? リックは謙遜するのね」
ルリカがそう言ってからかって来る。
「いや、本当に大した呪いじゃなかったよ」
「まぁ、当人がこう言っているんだし、とりあえず信じるとして……何か見返りは貰ったんでしょ?」
レミアがニヤリと笑う。案外、お金に汚い所があるのかもしれない。
「見返りって程のものかなぁ。手紙は貰ったけど」
「はぁ? 感謝の言葉でも書いてあるの?」
「いや、紹介状」
「紹介状?」
興味を惹かれたのかレオンがこちらを見る。俺は貰った封筒をポケットから取り出して見せた。
「ドワーフの鍛冶師・グラボって人に渡せばいいってさ」
「グラボだって!?」
冷静沈着なレオンにしては珍しく驚きを露わに封筒を見る。
「それはあの、僻地グレイコに住む超一流鍛冶師と言われる名工・グラボの事かい?」
「そ、そこまでは……確かに超一流とは言っていたけど……」
「わー、リックお兄ちゃん。凄いもの貰っちゃったみたいだよ」
どうやらグラボの名を知らないのはこのパーティーでは俺だけだったようだ。
ルリカもレミアも取り囲むようにして、テーブルの上に置かれた封筒を見る。
「今はまだグレイコに行く予定はないけど、いい武器が欲しくなったら、この手紙があれば名工・グラボが打ってくれると期待していいのかな」
「そ、そこまでは言えないけど……便宜は図ってくれるだろうって」
「それなら作ってくれるって事じゃない」
レオンの言葉に俺が期待外れになったら悪いと予防線を張るが、レミアがさらにノリノリになる。
「私も今の双剣に不満がある訳じゃないけど名工・グラボが作ってくれる物なら欲しいかな」
ルリカも喜びを隠し切れない様子で言う。そんなに凄い鍛冶師なのかグラボとやらは。
「ふふふ、リックの力はパーティーに多大なる貢献をしてくれているね」
満足した様子でレオンが笑う。
そこまで褒められるのも初めての経験だったので俺はどう応えていいか、戸惑ってしまう。
前のパーティーではラフマニに怒鳴られてばかりだったからな……。
「新入りの俺だが、パーティーのみんなの役に立てるのなら何よりだ」
「役に立ちまくりだよ! お兄ちゃん!」
「とんだ拾い物だったわね」
「こら、レミア。リックを物扱いするな」
ルリカの言葉に前のパーティーではラフマニやベルナデーレからほとんど物みたいに扱われていたなぁ、と苦い記憶を思い出す。
「どしたのリック。苦い顔して」
「いや、過去の嫌な記憶を思い出して」
「なんでこのタイミングで?」
レミアに不思議がられてしまった。確かに苦い記憶が蘇るような場面でもないだろう。普通は。
「ともあれリック。よくやってくれた。この『静謐なる白馬』も『光輝なる鳳凰』も評判が高まるのは悪い事じゃない。これは今日の依頼の報酬だ。君の分はこれだ」
「ああ、でも、俺は金貨100枚借金している身だから……」
「だからって報酬を全て受け取らないでは生きていけないでしょう。受け取っておきなさいよ」
レオンから差し出された小包を断ろうとするとルリカにそう言われた。
金貨100枚の借金の負い目がある身だけど、みんながこう言ってくれるのなら受け取ってもいいのかな?
「それじゃあ、ありがたく」
報酬の自分の分を受け取る。
詰められた貨幣の重さがこのパーティーの思いやりと絆を象徴してくれているようでうれしかった。
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ここまでお読みいただきましてありがとうございました!
この調子で栄光の階段を駆け登って行くリックが楽しみ、元パーティーのざまぁが待ち遠しい!
そう思った方は星評価やフォローをしていただけると嬉しいです!
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