218 バーサーカーとバーサーカー

 外は土砂降りの雨だった。

 東京駅まで車を走らせ、八重洲やえす口に近い駐車場から中へ駆け込む。慌てて着替えた首元のボタンが大きく開いたままで、傘を持ったまま片手で留めた。

 広い駅のどこに京子が居るかなんて、調べなくてもすぐに分かった。


「何だよ、これは」

 

 まるで戦闘でも起きたかのような濃い能力の気配に、思わず手の甲で鼻を押さえた。けれど人の流れはいつも通りで、目立った騒ぎが近くで起きた様子はない。

 京子が相手との接触に成功したとなれば、空間隔離かくりの発動で出たものと考えるのが妥当だろう。


 田中のスマホは依然いぜんとして不通のままだ。

 どうか無事で──そう祈りながら透明の傘を閉じると、突然現れた別の気配が行く手をはばむ。極々小さな薄いものだ。

 行き交う人々の流れを無視して、綾斗あやとを迎えるように正面に立ちはだかるのは、長身で初老の男だった。


 彼に会うのは二度目だ。

 5年以上も前に底へ沈み込んだ記憶を、一気に掘り起こされた気分だった。


 ──『福岡で、お前をさらったのはヒデさんだ』


 佳祐けいすけに言われても実感が湧かなかった記憶を、今はっきりと確信している。


「松本さんですね」


 男は綾斗の目の前で足を止めた。

 真っ白なTシャツにパンツというラフなスタイルだが、鍛えられた筋肉が服の上からもはっきりと分かった。

 長髪で面長おもながの、タレ目の泣きボクロ──その一つ一つが京子からの情報に一致する。


「バーサーカーか」


 松本がのっそりと眉を上げる。ぼそりと呟く声はカサカサと枯れていた。

 こちらの情報もある程度にぎられているのかもしれないが、嗅ぐ力の強さはお互いバーサーカー故のことなのかもしれない。


 仕掛けるか──と悩んで、松本に「やめろ」と阻まれる。


「戦う気はないという事ですか?」

「キーダーがこんな所で戦うなよ」

「貴方は──?」

「ホルスだって、こんなトコじゃ戦わないんだよ」


 ホルスの松本秀信ひでしなは元キーダーだ。大舎卿だいしゃきょうや浩一郎と同じ世代だが、もう少し若く見える。

 彼の言葉を100%信じようとは思わないが、綾斗は「信じますよ」と念を押して鋭い目つきで彼を見上げた。


「うちのキーダーは無事ですか?」

「女なら無事なんじゃないの? 忍のお気に入りみたいだけどな」


 そんなのは分かっている。奴が京子を見る目は興味の域を超えている。

 ただ今回は『大丈夫』だという京子の言葉と『仕事』だという事情に割り切っただけだ。


 綾斗は衝動をこらえて、気配の立つ駅の奥を一瞥いちべつする。


「向こうに居るんですか? これだけの気配は、空間隔離を発動させているって事ですよね?」

「あぁ。そろそろ出て来るんじゃないの? あとチョロチョロしてた男は救護室運んどいたよ。ちょっと脅かしたらぶっ倒れたからね」

「……分かりました」


 綾斗は浅く頭を下げる。先を急ごうと駆け出すが、すれ違った所で足を止めた。地面をこすり付けるようにきびすを返すと、すぐ側にある松本の身体をやたら大きく感じた。


「貴方はどうしてホルスなんですか? キーダーだった貴方がホルスを正しいと思えたんでしょうか」

「思えねぇよ。けど、アルガスが正しいとも思えない。だから俺はアイツの側に居るって決めたんだ」

「アイツ……?」

「戦うって事は組織の為じゃねぇ。誰かを守る為だろ? そん時は全力で行くから覚悟しときな」


 松本は顔の前に流れた髪をかき上げると、土砂降りの雨の中へ消えて行った。

 

「あれが俺たちの敵なのか──?」


 ふと湧いた疑問に胸を押さえて、綾斗は京子の元へと急いだ。





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