216 「同じなのかな……」

 ホルスのトップが松本だろうと言う話をまことに聞いたのは、京子が九州へ行くよりも前の事だ。

 確定事項ではないという前提だったが、きっとそうなんだろうとインプットしていた。

 けれど、佳祐けいすけとのやり取りや松本を語るしのぶの口調に、どことなく違和感を覚えていたのは事実だ。


 結局、ホルスが広めようとした『松本がホルスのトップ』という情報は、表向きの肩書に過ぎなかったらしい。


「じゃあ本当は忍さんがホルスのトップだって事なんですね?」

「そうだよ」


 忍は満面の笑みを浮かべて、あっさりとその事実を認める。

 彼のその一言で、今まで見てきた彼の言動に納得がいった。


「どうしてそんな事したんですか?」

「望まない人間が居るからだよ」

「望まない……?」

「色々ね。アルガスは俺の事どこまで調べてるの? 京子が仲間のキーダーも連れずにここへ来たって事は、甘く見られてるって事かな?」

「そんな事はないですよ」


 忍が危険な相手だという事は、九州の件で理解している。

 ただ、情報を聞く事を後回しにしたせいで、彼の事を殆ど知らなかった。

 彰人あきひとや田中に『覚悟して』と言われるほどの情報を得てしまえば、忍に同情してしまうかもしれない。こうして話しているだけで、数分前までの震えは止んでいた。

 

 忍が佳祐を殺した。その事実に変わりはないけれど、それは元々京子がする筈だった仕事だ。

 忍はホルスとして、京子はキーダーとして──


「同じなのかな……」


 一人呟く京子に、忍は「どうしたの?」と顔を寄せて来る。身長差があまりないせいで、その距離はやたらに近かった。


「忍さんは、サメジマ製薬とどんな関りがあるんですか?」

「そこから? 何だ、意外と知らないんだね」

「いえ……忍さんの口から聞きたいと思って」

「いいよ。俺の事知りたいなら全部教えてあげようか」

「どういう意味ですか」


 掴まれかけた手を後ろへ隠して、京子は忍を睨んだ。

 どんどん距離を詰める彼に狼狽うろたえて、そっと後退あとずさる。


「知りたいんだろ?」

「知りたいです」


 こうしている間にも、時間はどんどん迫るばかりだ。

 どこまでも続く風景の中に自分と彼しか居ない事実を、改めて不気味だと思う。早く抜け出したい気持ちが無い訳じゃないけれど、彼と話すためにここへ来た。

 折角せっかく前に進めたチャンスを逃すことはできない。

 京子が腹をくくって小さく構えていた手を緩めると、忍は「あぁあ」と残念そうに肩をすくめた。


「別に捕って食おうなんて思ってないよ。バーサーカーの彼に知られたら怖そうだしね、今日は遠慮しとく」

「今日は、って」

「人間、気が変わる時は幾らでもあるんだよ。けどやっぱり京子は俺に会いたくてここに来たんだね」

「──そうです」


 これ以上、嘘をついても仕方ない。半ばやけくそになってそれを認めると、「おっかしい」と忍は高らかに笑った。


「素直じゃないんだから。じゃあ、この空間が晴れるまで俺の事話してあげる」


 忍は「五分もつかな」と辺りを眺めながら近くのベンチに腰を下ろした。実際の駅とは別の空間だが、風景にあるベンチや改札はそのまま据え置かれている。

 ぐんと京子を仰ぎ見て、忍は彼の過去を話した。


 余計な事まで知ってしまったら、情が移るかもしれない──ずっとそう思って来たのに、出し惜しみなく吐き出される過去を、京子は止めることが出来なかった。









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