Episode4 京子【06関東編・陰謀】

186 明太子と溜息

 九州から戻った翌日、出勤とともに早速まことから声が掛かった。

 今回の件に関するミーティングは、九州に居る時に本人から予告されていたものだ。


 一人ずつが良いという彼の希望で、まずは京子が長官室へ入る。

 ここ数日溜まり切っていた疲労に誠の止まらない質問の数々が追い打ちをかけて来て、ようやく解放されたのは昼の休憩時間を半分も過ぎた頃だった。


「疲れた……」


 ぐったりと食堂のテーブルに伏せる京子を、先に昼食をとっていた綾斗あやとが「お疲れ様」とねぎらう。

 九州から先に戻っていた修司しゅうじは昨日のうちにミーティングを済ませていて、残った綾斗が午後からの順番を控えていた。


「相当だったみたいだね。俺も覚悟しとく」

「全然休ませてくれないんだもん。長官のこと、実は優しい人なのかなって思ったんだけどな」

「優しいだけじゃ務まらない仕事だから、仕方ないんじゃないかな」


 桃也とうやがサードに行った件で誠の優しさを垣間見たつもりでいたけれど、佳祐けいすけ粛清しゅくせいあわせて彼はやはり元の厳格で近付きにくいイメージに戻ってしまった。嫌いではないけれど、苦手だと感じてしまう。


「綾斗が長官のトコ行ってる間、朱羽あげはの所に行ってくるね」

「分かった。気を付けてね」

「うん。綾斗が無事にミーティング終われますようにって祈ってるから」


 綾斗が昼食を食べ終わるのと同時に、京子が「いただきます」と手を合わせた。

 外出ついでに外で食べる事も考えていたが、食堂に漂うハンバーグの香りに背を向けることはできなかった。


 彼を見送り食事を終えた京子は、自室の冷蔵庫に準備しておいた土産を手に、朱羽の事務所へ向かう。

 平日の昼過ぎは彼女一人かと思ったが、午前授業だったという龍之介が「こんにちは」と顔を覗かせた。予想外の出迎えに、京子は「やった」とテンションを上げる。


「龍之介くん、いたんだ!」

「ちょっと京子、龍之介に珈琲淹れさせるつもりでしょ。うちはカフェじゃないのよ?」

「分かってるよ。けど、美味しいんだもん」


 京子の心は見透かされている。人気のカフェでバイト経験のある彼が以前カフェラテを淹れてくれたことがあり、その味が忘れられなかった。


「俺は構わないですよ? ラテでいいですか?」

「うん、ありがとう! そうだ、お土産持ってきたんだ。二人で食べて」


 京子は波の絵の白い紙袋を朱羽に差し出す。


「旅行じゃないんだから、わざわざいいのに」

「気にしないで。ここへ来る口実って事にしておいてよ。午前中ずっと長官と向かい合ってて、もう体力残ってないんだから」

「それはご苦労様。じゃあ、有難く頂くわね」


 朱羽は両手で受け取ったその袋を、そのまま龍之介へ渡した。


「ご馳走様です。明太子、俺好きなんですよ」

「なら良かった! カステラだと食べきれないかなと思ってこっちにしたの。冷凍して置けるって言うからウチにも買ってきたんだけど、美味しかったよ」

「京子が家で明太子食べるなんて珍しいじゃない。まさか自炊してるの?」


 不安気な顔をする朱羽に、京子は「そこまで言わないでよ」と笑う。


「最近はたまに綾斗が泊まりに来てくれるから、ご飯くらいは炊くんだよ。あとは適当な感じだけどね」


 大したことをしている訳ではないが、彼が来るようになってキッチンに立つ機会は確実に増えた。

 綾斗も料理が得意という訳ではないが、一緒にやるとそれなりに食べられる料理を完成させることが出来る。

 そんな話を照れながらする京子に、朱羽は「凄いじゃない」と眉を上げた。


「良かったわね、京子」

「うん」

「けど彼がバーサーカーだったって知ってたの?」

「やよいさんが亡くなった時に、こんな時だからって教えて貰ったんだ。秘密だって言われてたから、話せなくてごめんね」


 促されてソファへ座り、京子は小さく頭を下げた。


「いいのよ。けど、彼が格別強いだろうってのは何となく分かってたわ。ただこれからが大変になるかもしれないわね」

「ホルスに狙われるだろうってこと?」

「えぇ。それに戦いが大きくなったらどこまで力を出すかってのは彼の課題じゃないかしら。強い力は本人へのダメージも大きい。幾ら凄い力が使えても、長期戦には向かないわ」


 力を銀環ぎんかんで抑え込んでいるキーダーは大して感じないが、何度も発動すればそれなりに疲労はある。

 それが暴走レベルの力ともなれば、跳ね返って来るものも大きいだろう。


「難しいね」

「そうね。けど、こんな時だから──か」


 朱羽がふと視線を宙に漂わせ、ぼんやりと呟く。

 ミルを回す音をバックに珈琲の匂いが広まっていく事務所に、彼女の重い溜息が響いた。


「私も色々考えなきゃね」



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