160 ちょっと気になる事があった

「じゃあ明日の朝にまた来るから、メシ食って待ってろよ?」


 福岡での一日目が終わる。

 家に帰るという佳祐けいすけと入口で別れ、京子と修司しゅうじは見慣れぬ護兵ごへいに敬礼されつつ支部の中へ戻った。

 繁華街の奥にある九州支部の周りは夜になっても賑やかで、人通りが途切れることはない。本部のような壁が取り囲んでいる訳でもなく、外のネオンがまぶしかった。


「京子さん、お酒飲まなくて平気なんですか? 俺の事なんて気にしなくて良かったのに」

「明日に響いたら困るでしょ? 潰れたら修司が面倒見てくれるの?」

「まぁ部屋に連れてくくらいなら」


 「そういう事になるか」と妙に納得して、修司が苦笑する。

 今日は九州支部所有の施設をぐるりと巡った後、佳祐の行きつけだという屋台でラーメンを食べた。

 佳祐にも『飲んでいいぞ』と言われたが、ビールか日本酒の二択を選ぶことが出来ずお冷をずっと飲んでいた。ビールの飲めない京子だが、一日歩き通しで疲れた身体には一杯の日本酒さえ危険数値に達してしまいそうな気がした。


 佳祐を警戒しながらここまで来たものの、いつもと変わらない彼の様子にすっかり緊張は解けている。


「お酒は京子さんにとってガソリンみたいなものだって聞いたんで、ちょっと期待してたんですよ」

「はぁ? ガソリンって……それ言ったの朱羽あげはでしょ。期待するのは勝手だけど、覚悟してから言って」


 「すみません」と肩をすくめる修司に、京子は「もぅ」と腕を組んだ。


「で、修司は今日どうだった? ここでやっていけそう?」

「はい。施設はどこも充実してるし、思っていたより何倍も都会で楽しそうですね」

「訓練なんだから遊んでばかりもいられないだろうけど、これだけ騒がしいと寂しくはないかもね」


 前向きな修司にホッとする。

 佳祐も早ければ月末にはと言ってくれて、話は順調に進んでいた。


 そんな今日一日を振り返りながら、部屋のあるフロアに上がる。海側に向いたゲストルームが並ぶ中、二人には隣通しの部屋が割り当てられていた。


「じゃあ、俺はこの辺で。美弦みつるが電話しろってうるさいんで付き合ってきます」

「うるさいとか言わないの。仲良くね、お休みなさい」

「京子さんもお休みなさい」


 ドアノブを握り締めた修司が、「そうだ」と立ち止まって京子を振り向く。


「どうしたの?」

「いや、大したことじゃないんですけど。ちょっと気になる事があったんで、言っておこうと思って」

「気になる事?」


 突然難しい顔をする修司に、京子は首を傾げた。

 

「別に、能力者の気配がしたとかじゃないんですけど、こっち来て何度か視線を感じたんです。まぁ、気にする程の事じゃないと思いますけど。京子さんは感じ取る能力が弱いって周りから散々言われてるじゃないですか。だから、一応伝えておきます」

「これでも最近は出来るようになったんだから。けど……視線か。修司も気を付けてね?」

「分かってますよ」


 ずっとテンションが高めだった修司が、ここに来て急にそんな言葉を残していく。

 京子は部屋に入って、まず速攻でテレビを付けた。ボリュームを少し大きめに上げつつ、今度はカーテンを閉める。

 眺めの良さそうな窓から福岡の夜景を堪能たんのうする筈だったのに、それどころではなくなってしまった。


「別れる直前に言わないでよ」


 気にする程じゃないと添える位なら、最初から言わないで欲しかった。せめて翌朝ならばと思ってしまう。

 もしこれが綾斗なら一緒に居て貰えるのに、修司にそれを頼むことはできない。


 先輩として頑張らなくてはと強がってしまう所もある。けれど、カーテンの隙間に覗く黒い夜の色が気になって仕方なかった。


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