150 コーラ好きの男

「えっ、これで終わり?」


 重大発表の余韻よいんを残して、パソコンの画面はそこでプッツリと暗転した。

 淡々とその事実を告げた桃也とうやは、消える寸前に小さく笑ったような気がする。


 シンと静まり返ったデスクルームに修司しゅうじが「えぇ?」と疑問符を響かせて、三人を交互に見た。


「これってライブですよね? 誰が見てるんですか?」

「背後に居たのはアルガスの人間じゃない。驚いてる様子もなかったけど、桃也さんが英語で話してたって事は、ある程度外にも流してるんだと思うよ」

「外国……って事?」


 「恐らくね」と困惑顔で答える綾斗あやとも、正解が何なのか分からない状況だ。

 『大晦日の白雪しらゆき』を起こしたのが桃也だという事やその経緯は、キーダーなら皆知っている。まことの後継者が桃也だという発表にあわせてこの事実をおおやけにするなら、この動画は誰へ向けたものなのだろうか。


 ──『I am the culprit』

 その音がずっと耳に残って、京子は席を立った。


「私、長官の所に行ってくる」

「俺も行きます」


 「ありがとう」とうなずいて、京子は綾斗と誠の部屋へ向かった。



   ☆

 アルガス長官・宇波うなみ誠の部屋へ駆け込むと、当の本人は落ち着いた様子で外を眺めていた。

 机上のパソコンも閉じたままで、さっきの放送を見ていた様子もない。


田母神たもがみくんが来るんじゃないかと思ってたよ」


 ソファに座った誠の正面に滑り込むと、綾斗がその横に腰を下ろす。


「長官はご覧になっていなかったんですか?」

「何だか僕の方が緊張してしまってね。それに英語は苦手なんだよ」


 自分と同じことを言う誠に、京子は一瞬パッと笑顔を見せた。

 綾斗は似た二人に「そうなんですか」と苦笑いする。


「『大晦日の白雪』の話をする事は知っていたんですか?」

「秘密って言うのは隠し通せるものじゃないんだよ。その人間が大きくなればなる程ね。知られるよりも先に話そうかと提案したのは僕だ。アルガスを背負う彼が、一人で抱え込む時期はとうに過ぎてるんだよ」


 誠は脚の上で手を組み、「そうは思わないかい?」と微笑んだ。どうやら彼の策略らしい。


「現に今までだって公にしたつもりはないのに、君たちはもう知っているだろう?」

「それは……」

「桃也くんはちゃんと話せていたかい?」

「はい」


 京子が初めて『大晦日の白雪』の事実を知ったのは、平野ひらのに会いに仙台へ行って帰ってきた時の事だ。その時の桃也は悲痛に顔を歪ませていたが、さっきモニターの向こうで全てを話した彼は、鬱々うつうつとした思いが抜け落ちたように清々として見えた。


「あれは誰が見れる放送だったんですか?」

「関係各所にって建前だけど、クローズドではないよ。だから、いずれマスコミの耳にも入るだろう。後で僕も会見を開かせてもらうつもりだ」


 「日本語でね」と誠は笑む。

 昨日松本の話をした時は少なからず動揺しているように見えたが、今日の彼はいつも通りだ。彼もまた、桃也の会見が終わってホッとしているのかもしれない。


「騒がれるだろうけど、憶測で話が広がるよりはよっぽど良いからね。桃也くんには運が付いてるよ。『大晦日の白雪』で怪我人は出たけど、後にも先にも亡くなったのは強盗犯の一人だ。まだ若い頃、彼は被害者一人一人に事情を話して頭を下げてるんだよ。彼を最後まで非難する人なんて居なかったんだ」

「そんな事があったんですか。キーダーの私たちも知らないなんて」


 『大晦日の白雪』が起きた翌日に桃也に会って、そこから3年以上顔を合わせる事はなかった。京子の知らないその間に、彼にも色々あったんだと思う。


かんちゃんの件もあるけど、アルガスを取り巻くこの世界は結果主義の傾向にある。後は、彼の実力を見せつけるだけだよ」

「……うまく行きますかね」

「アルガスはホルスとの戦闘を控えているからね。今こそノーマルの私じゃなく彼の出番だと思っているよ」


 ホルスとの戦いと言う言葉が誠の口から出た瞬間、現実なんだと緊張が走る。

 そうなるだろうと曖昧あいまいに考えていた未来が、絶対に来るものだと突き付けられた。


「君たちには辛い思いをさせる事になるかもしれない。けど、私は私の仕事をさせて貰うよ?」

「──分かりました」


 京子は綾斗と目を見合わせ「はい」と返事して部屋を出た。


「これからどうなるんだろう」

「戦いが避けられないなら全力で行くしかないですよ。とりあえず京子さんは、毎日ちゃんと食べて、ちゃんと寝る事」

「それ、今言う事?」

「一番大事だから言ってるんだよ。心配だから」

「……分かった。綾斗もね?」

「うん」


 誰も居ない廊下だと思って、彼と見つめ合う。

 けれど他の気配があることに気付いた。


「お二人さん、お久しゅう」


 突然の登場にハッとして振り向くと、そこに珍しい人物が立っている。

 男は飲みかけのペットボトルコーラをぐるりと振りながら近付いてきて、「仲良いねぇ」と揶揄からかうように笑いながら京子たちの肩をポンポンと連続で叩いた。


「お久しぶりです」


 キーダーの制服を着る彼とは何度か会っているが、もう数年前の記憶でしかない。

 京子は咄嗟とっさに名前を思い出すことが出来ず、助けを求めるように綾斗のシャツをこっそりと握り締めた。




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