137 帰りたくない
『長官には俺から連絡入れておくんで、気を付けて帰ってきて下さいね』
「うん、よろしく頼むね。色々あったから、帰ったら話させて」
『勿論、じゃあ後で』
京子は
能力の気配を漂わせたバスクとの遭遇で相手を確保できなかった事と、彼がトールの松本かもしれないという事だ。
綾斗と話してホッとする。この数時間で溜まった緊張が、ようやく解けた気がした。
住宅街に
時間は夕方の四時を回っていて、さっきまで人の少なかった通りに帰宅時間の学生たちが溢れていた。これが少し前にズレていたらと思うと、恐ろしくなってしまう。
「疲れた」と歩きながら、京子は薬局で買った板チョコを半分に割って、片方を修司に渡した。
「糖分補給。ごめんね修司、休みなのに呼び出しちゃって。けど、来てくれてありがとう」
「近くに居たんで気にしないで下さい。大した事できなかったけど」
「ううん。私も最初は1人で大丈夫とか思ってたけど、心強かったよ。修司どんどん強くなってるし、頼りにしてる」
「本当ですか! そう言って貰えると嬉しいです!」
修司は照れながら頭を搔いて、「ところで」とさっき居た道を
「松本
「私も詳しくは知らないんだけど、解放前のアルガスに居た人だよ。今はトールだって聞いてるし、あの人が本当にそうなのかは分からないけど」
「トール? けどあの人──」
「気配凄かったよね?」
修司は「はい」と目いっぱいに驚く。
『力を消失させた元能力者』というのがトールの定義だ。松本はトールだというが、さっき会ったあの男はキーダーやバスクと同じ能力の気配を発していた。
「ホルスの薬は本来トールに飲ませるものだって言ってましたよね。
「そう考えるのが自然な気がしちゃう。昼間、
「けど何で……」
修司は半信半疑に首を
予想が合っているのなら、あの男はバーサーカーという事になる。自らの意思で力を暴走させることができるというその能力がどんな戦闘を起こすのか分からず、あれ以上踏み込むことができなかった。
「とりあえず帰ろう? けど、何かチョコ食べたら余計お腹減っちゃった。タコヤキでも食べて行かない?」
「あぁ良いですね」
京子は通り沿いにあるタコマークの看板見つけて指差した。
一皿買って店先のベンチに腰を下ろす。京子は一粒刺したタコヤキを持ち上げて、込み上げた吐き気に「んっ」と手の甲で口を抑えた。
ソースに混じったふんわりとした生臭さが、昼間の記憶を呼び起こしたからだ。
けれど、その事情を知らない修司が「え?」と目を見開く。
「京子さん、ツワリですか?」
「ちょっと! そういうのじゃないから!! 多分……違う、絶対に!」
京子は赤面して否定する。
確かにドラマとかならありそうな展開だけれど、これは昼間見た水死体のせいだ。
「修司呼ぶ前、遺体の確認に行って来たんだよ。海に上がったパンパンのやつ! それで、思い出しちゃって」
「あぁ──そっちですか」
「けど、お腹は減ってるからちゃんと食べないと」
「ですね」
空腹感はどうにもならず、京子は「フゥ」と息を吹きかけたタコヤキを一口で放り込んだ。
4個ずつのタコヤキはあっという間になくなり、最後の一個を食べ終わった修司が、途端に
「もう帰らなきゃなんですね」
「どうして? 帰りたくないの?」
「
「珍しい。そういえば昼間アルガスに電話した時、綾斗の後ろで美弦機嫌悪そうだったっけ」
帰ろうと立ち上がったものの、さっきの男よろしく修司の足取りまで重くなる。
美弦の機嫌が悪いのは珍しい事じゃないが、普段の修司ならその怒りを適当にあしらって上手くやれていると思っていた。彼が美弦からこんなにダメージを受けているのを見るのは初めてじゃないだろうか。
喧嘩の争点が、今日修司が取った有給休暇の理由だろうとは何となく予想できた。
「ねぇ修司、今日どこ行ってたの? 言い難かったら無理に教えてとは言わないけど……」
「構わないですよ。どうせアイツにはバレてるんだろうし。ジャスティのライブです。握手会付きの。黙って行ったのがマズかったみたいで……」
「あぁ──」
修司の話を聞いているのに、美弦に同情してしまう。
「それは覚悟しなきゃかも?」
うまい言葉が見つからない。
京子のそんなセリフでは、全く解決に至らなかった。
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