93 お兄ちゃん
「初めまして。
福井の郊外に建つ綾斗の実家で二人を迎えたのは、彼の二つ年上の兄・渚央だった。
日焼けした肌と襟足が長めで茶髪のウルフカットに、京子は目を丸くする。『想像とは大分違う』と言った綾斗の予備知識通りだ。
「いつからそこで待機してたんだよ。兄さん見て驚いてるだろ」
引き戸の奥で待ち構えた渚央に、綾斗は「もう」と呆れ顔を見せながら二人の間に入り込む。
「もうって何だよ。別に驚かせようとしたわけじゃないし。挨拶しただけだろ? お前が地味だから俺が目立つだけなんだって。ねぇ?」
「え、いえ……えっと」
返事に困りながら、じっと見つめて来る渚央と綾斗を見比べた。
確かにパッと見た目では真逆な感じの二人だけれど、全く似ていないわけでもないような気がする。
眉間に皺をぐっと寄せる京子に、渚央が小さく笑った。
「似てないと思うのはしょうがないよ。俺の事は渚央でいいよ? それとも、お兄さんにしとく?」
「お、お兄さん? えっと、
来る途中で買ってきた手土産を渡し恭しく頭を下げると、彼は京子の手首に
「ありがとう。こちらこそ、綾斗が世話になってます。あぁけど、京子ちゃんは綾斗の先輩なんだよね? もしかして俺の方が年下?」
「生まれ年は一緒だよ。京子さんは早生まれだから学年は一つ上」
マイペースでグイグイと話す渚央に、綾斗の機嫌はどんどん悪くなっている。
しかし渚央は全く気にもしていない様子だ。
「そうなんだ、なら渚央って呼び捨てでも構わないよ」
「は、はぁ……」
「兄さんはもういいから。京子さんはとりあえず上がって下さい」
「綾斗はつれないなぁ。俺を邪魔者扱いする気?」
「邪魔だなんて思ってないよ。鬱陶しいだけ」
「それってあんまり変わらないだろ? けど、まぁいいや。とりあえず客間に布団の準備はしといたから自由に使って」
「……ありがと」
玄関に上がったところで、綾斗が「そういえば」と渚央を振り返る。
「客間って言えば、アレまだあるの?」
「あるよ」
何の迷いもなく答える兄と、途端に困惑する弟。
そんな綾斗の戸惑いが京子には読めない。
「だって、あそこに置くものなんだろ? 大丈夫、悪いものではないからさ」
「まぁそうなんだけど……」
「どうしたの?」
「うーん」と唸る綾斗に尋ねるが、彼はその答えを渋った。
「客室は元々祖母の部屋で、生前に集めてた趣味のものが残っているんですよ」
「へぇ」
「苦手なら、綾斗の部屋で一緒に寝ても良いからね?」
「えぇ?」
「じゃ、また後で」
渚央は京子に手を振って廊下の奥へと消えて行った。
階段を上る音が小さくなって、玄関は嵐が去った後の様に静まり返る。
「
「ううん、私は兄弟居ないし家でも一人で居る事が多かったから、明るいお兄さんって羨ましい」
「明るいなんてものじゃないですけどね」
「けど、ちょっと久志さんに似てるかも?」
「やっぱり京子さんも思いますよね。後で妹たちも帰ってきますよ」
綾斗の妹は双子で、まだ中学生だという。流石に茶髪という事はないだろうが、どっちの兄に似ているのか妄想してしまう。
家の中へと通されて、渚央の言っていた客間へと案内される。
外観もそうだが、中も大分広い家だ。南側に面した廊下には、庭に降りる事の出来る掃き出し窓が並んでいて、反対側にはピンと張られた障子戸が続いていた。
綾斗は一番手前が居間だと説明して、奥にある突き当りの戸を開く。
「ちょっ……」
先に部屋を覗いた綾斗が絶句した。
「どうしたの?」と京子が後ろから覗き込むと、10畳は軽くあるだろう広い和室の真ん中に布団が敷かれていて、枕が二つ並んでいたのだ。
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