84 黒いタイ

 曇り空の街を抜けて、太陽の眩しさに目が覚める。

 北陸新幹線の車内には到着のメロディが流れ、立ち上がった客が慌ただしく通路に列を作っていた。


「着いた?」

「まだですよ。金沢まではもう少しです」


 すぐ横に綾斗あやとの顔があって、京子は「分かった」と入口の扉の上に流れる電光掲示板へ視線を移す。

 次は富山らしい。ずっと山ばかりだった車窓からの眺めは、いつしか都会の風景に変わっていた。


「あと30分くらいですね。俺も寝ていいですか?」

「もちろん。ごめんね、もしかしてずっと起きてた?」

「流石に俺も寝てましたよ」


 昨日あれからソファで横になったものの、お互いすぐに眠ることはできなかった。

 不安や緊張を会話で誤魔化していたが、ようやく目を閉じることができたのは真夜中も終盤を迎えた頃だった気がする。スマホのアラームで目覚めた時は、まだ大分眠かった。

 睡眠不足の皺寄しわよせで、折角の新幹線移動はしっかりと熟睡タイムになってしまったのだ。


「なら私も、もうちょっとだけ。終点だから平気だよね」

「そうですね」


 向こうに着いたらきっと慌ただしくなるだろう。

 万が一戦闘になったらと考えると逆に目は冴えてしまうが、今は何事にも備えて少しでも休むことを優先させたい。


「じゃ、そこ閉めましょう」


 通路側の席に座る綾斗が、京子に身体を寄せて窓の遮光カバーを掴む。

 こんな時に綾斗を意識してしまう。そんなつかの間の休息だった。



   ☆

 よくよく考えてみれば、京子が陸路で金沢に入ったのは初めてだ。何度か北陸支部へ行った事はあるが、いつもコージのヘリに乗せて貰っている。


「ホテルはこっちですよ。けど、お昼先に食べてしまいましょう。何が良いですか?」

「あんまり食欲ないけど……お刺身なら食べれるかな」

「じゃあ、海鮮系のお店にしますか。ホテルの近くに美味しいお店があるので、そこで」


 土地勘のない京子とは対照的に、中学から高校へとまたいだ三年間を金沢で過ごした綾斗は、混雑する駅の中をぐいぐいと先導していく。

 昼を済ませてホテルに入るまで一度も迷う事はなかった。


 今回、葬儀場が支部から離れた金沢市内という事もあって、ホテルは駅前のビジネスホテルを予約した。

 部屋をどうするか聞かれてツインルームを選んだのは、一人になりたくなかったからだ。昨夜同様心細いというのも嘘ではないけれど、やよいの死を知ってからずっと心がざわついている。


「本当にこれで良かったんですか?」

「昨日の夜だって一緒だったでしょ? それに、前にも同じ部屋に泊まった事あるよね」

「え──あぁ」


 部屋で着替える綾斗に背を向けて、そんな話をする。彼は一瞬悩んでから「ありましたね」と微笑んだ。


「一緒に泊まったというより、運び込んだって言う方が近いんですけど」


 本部に来たばかりの綾斗と初めて仙台へ行った時、地元の友達と飲む為に郡山で前泊した。元々は京子の実家に泊まる予定だったが、泥酔した京子が眠ってしまい、綾斗は途方に暮れた末に駅前のホテルへ駆け込んだのだ。

 今日のホテルはあの時よりも少し狭いが、窓からは繁華街の人通りを見下ろすことが出来る。


「男の人が隣に寝ててビックリしたんだから」

「何もしてませんけどね」

「あの時からかな、私は綾斗に甘えてばっかりいる気がする。良く怒られるし文句も言われるけど、綾斗は何言ってもちゃんと答えてくれるでしょ?」

「それって褒めてます?」

「感謝してる」

「なら良かった」


 スーツケースが閉まる音がして、綾斗が「終わりました」と声を掛ける。

 ホッとする優しい声とは裏腹に、振り返った京子が目にしたのは、いつもと少し違う制服姿の彼だった。黒色のアスコットタイは、はぐらかしたかった現実を突きつけて来る。

 同じタイを胸に結んで、京子も制服へ着替えた。


 斎場まではホテルから数キロの距離だ。

 タクシーで乗り付けると、入口には大きな筆文字でやよいのフルネームが書かれている。

 扉の向こうで手招いた久志ひさし憔悴しょうすいしている事に気付いて、京子は綾斗と彼の元へ駆け寄った。


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