75 懐かしい匂いがした
いつも技術部に
寝不足は良くないだの、飯は三度食べろだの、床屋に行ったのにまだその髪なのかだの、上げればきりがない。久志にとってはどうでも良い事ばかりで、彼女が居る時間帯は避けることが多かった。
「ちょっと、やよい居ないの?」
わざわざ居るだろう夕方を狙って来たのに、デスクルームに彼女の姿はなかった。
やよいの机が綺麗に整頓されていた。
「もう帰ったの? まだ六時だけど?」
互いに挨拶をしてから帰る習慣はないが、久志はがっくりと肩を落とす。形式ばかりの終業時間は六時に設定されているが、彼女はいつも七時頃まで居る事が多かった。
部屋の隅にあるゴミ箱のゴミが山盛りに積もっている。
やよいが一番気にしそうな所なのに放置されているのを見ると、余程急ぎの用事があったのかもしれない。修司の事で他に気が回らなかったとも考えられる。
薄暗くなっていく部屋に蛍光灯のスイッチを入れ、久志は「はぁ」と自分の席に腰を下ろして持ってきた資料を引き出しにしまった。
申し合わせは明日の朝にしようと諦めて自分も帰ろうかと思った所で、「久志さん」と部屋のドアが開いた。
技術部で久志の助手をする双子の片割れ・ポニーテールのメイだ。ツインテールのキイと髪型で区別してもらっているが、最近は「そんな歳じゃない」と文句を言って、髪を切ろうかと悩んでいるらしい。
「どうした、メイ。僕がここに居るって良く分かったね」
「向こうのデスクか食堂に居なかったら、ここかなと思って。事務所にも用があったんで直接来てみました」
その選択肢に訓練ホールが入っていないところが鋭い。
同じ建物内でありながら、技術部とデスクルームは距離がある。彼女は「疲れた」と零して呼吸を整えた。
「それで僕に用って何? 急ぎなの?」
「はい。食堂の空調が動かなくなっちゃって、みんなが寒いって騒いでるんですよ。久志さん見て貰えませんか?」
「えぇ? 今から?」
北陸支部も創設から10年を迎えて、あちこちに不調な箇所が出始めた。
面倒だとは思いつつも業者を呼ぶほどではないし、直すのも頼られるのも嫌じゃない。それに明日修司が来たら、食堂で夕食を兼ねての歓迎会をしようと考えていたところだ。
「構わないよ。ゴミ出ししてから行くから、食堂長に伝えといて」
「ありがとうございます。ゴミなら私がやりますよ?」
「いいよ。明日やよいに僕が捨てといたんだってドヤ顔で言ってやるから。それに、ちょっと外の空気吸いたい気分だし」
「了解です。じゃ、待ってますね」
久志は溜まったゴミを袋にまとめて、建物の離れにある焼却炉へ向かった。
北陸支部は、海の香りがする場所に建っている。夕方技術部の窓から見た夕日は綺麗だったのに、今は黒い雲がすっかり空を覆って雨さえ降り出しそうだった。
春の夕暮れは風が強めで、ぼやけた頭をすっきりとさせてくれる。
ゴォと燃える焼却炉にゴミをくべた所で、久志は海風に混じる懐かしい匂いに気付いて、細い猫目をハッと開いた。
気のせいだろうか。
彼がそこに居るわけはないのに、急に昔を思い出して久志は虚空に呼び掛けた。
「
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