72 封筒の中身は?

 ぐしゃぐしゃになった茶封筒を手に、京子は電車でアルガスへ向かう。

 みんなへの土産と綾斗あやとへの土産が、紙袋の中で揺れていた。


 昨夜の話をしたら、綾斗はどんな顔をするだろうか。申し訳ないような気不味きまずさが胸の中でモヤモヤと渦を巻いている。

 重い気分を逃がすように窓の外へ目をやると、曇り空をバックに東京タワーと慰霊塔が交互にビルの隙間から顔を覗かせた。


 見慣れた風景に頭が少しずつ落ち着いてきて、忍の事を彰人に話さなかったことを少しだけ後悔する。

 今回は会えなかったけれど、過去に東京駅で二回彼に会ったことはやはり偶然にしては出来過ぎたタイミングな気がした。


「けど。そんな事ないよね」


 彼がもしも敵だったら──ふと考えてしまうが、悪い人には見えなかった。能力者の気配もなかった。

 けれど、さっきの事を考えると自信が持てなくなってしまう。


「彰人くんからも気配は感じなかったし……」


 ナンパされた報告なんて尻込みしてしまうが、もしもを考えたら彰人には伝えるべきだろう。

 忍はまた会えると言っていたが、三度目は来るのだろうか。彼を思い出すと、缶コーヒーの甘い味が口の中に蘇った。



   ☆

 電車を降りて歩いていくと、アルガスからの気配を少しずつ感じ取ることができる。

 キーダーが訓練で放出した気配がすぐに消えないまま蓄積され、ある程度の量がそこにとどまっているからだ。


 京子は今気配を消しているつもりだ。少なくとも『だだ漏れ』と言われていた頃とは違うだろう。


「ただいま」


 扉の前で深呼吸して、京子は勢いを付けてデスクルームへ入った。

 他にも誰かいると思ったが、中は綾斗一人だ。

 予告なしの訪問だったが、彼はあまり驚いていない。


「綾斗、私が来たの気付いた?」

「恐らく、建物に入ったタイミングで。お帰りなさい、どうしたんですか急に」

「ちゃんと消してたつもりだったんだけどなって思って」

「確かに、いつもよりは薄かったですよ」


 駅からそのままやって来た京子の姿を見て、綾斗はにっこりと微笑む。

 彰人は、キーダーの中に敵がいるかもしれないと言っていた。何年もずっと側に居る彼はそうであって欲しくない──そんな事を考えると不安になる。


「京子さん?」

「えっと、彰人くんにこれを綾斗に渡すように頼まれて。ごめんね、ちょっと不注意でぐしゃぐしゃになっちゃった」


 ペラペラで皴だらけの封筒を受け取って、綾斗は眉を潜める。

 京子は黙っている事も出来ずに、昨日からの事を彼に話した。勿論、さっきの駅でのことと、ホルスの件は省いた。


「まさか仙台に行ってたなんて。ちょっと驚きました」

「うん、連絡できなくてごめんね」


 慌ててした説明は、弁解の様に聞こえただろうか。

 想像よりもっ気ない彼の返事に、拍子抜けしてしまう。


「俺はいつから京子さんの行動を逐一ちくいち教えて貰える男になったんですか? それとも俺の事気にしてくれました?」


 彼の言葉に少しだけ胸が傷んだ。

 意識しているのは自分の方なのだろうか。


「気にしてたよ、ずっと」

「京子さん……?」

「なんかね、ちょっと綾斗に会いたいって思った」


 綾斗が面食らったのが分かって、京子はホッとした気持ちを誤魔化すように手にしていた紙袋を差し出した。


「これ、お土産。みんなで食べる分と、小さいのは綾斗に。仕事忙しいのに全部引き受けてくれてありがとね」

「気にしないで下さい。楽しかったならそれで良かった」


 綾斗は「ご馳走様です」と袋を覗き込んだ。どちらもお菓子だけれど、綾斗へのものは前に好きだと言っていた郡山銘菓のエキソンパイだ。


「ところで、この封筒開けてみても良いですか?」

「うん。私は見ちゃ駄目って言われてるから、コッソリね」

「分かりました」


 京子が窓の外へと視線を逸らすと、ハサミで口を切る音が響いて「え?」という彼の疑問符が後に続く。

 

「これは、どういう──」


 その中身に困惑してるのが分かって、京子は「どうしたの?」と声を掛けた。


「あ、こっち向いていいですよ。えっと、これを彰人さんが俺にって?」

「うん、そうだよ」


 視線を返すと、綾斗は納得のいかない顔で中身を戻した茶封筒をじっと見つめていた。


「何かマズいこと書いてあった?」

「いえ──これはポジティブに受け取って良いんですかね」


 綾斗は首を傾げつつ、クスリと音をたてて笑う。


「仕事の事?」

「それは、内緒です」

「気になるな……そうだ綾斗、月末誕生日でしょ? 来週にでも二人で飲みに行こうよ」

「喜んで。ありがとうございます」


 去年は朱羽あげはを入れて三人で彼の誕生日を祝った。

 直前まで今年もそうするつもりだったのに、誘いの言葉を口にした途端、彼女の事を外してしまった。けれど、訂正しようとは思わない。

 朱羽に話せば冷やかされてしまいそうだが、文句は言われないだろう。


 まだハッキリしない彼への気持ちを、育ててみようと思った。



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