60 彼と彼

 お開きの後すぐに階段を下りて、急ぎ足で店を離れた。


 同窓会は楽しかったけれど、みんなと話すことに少し疲れてしまったというのが正直な感想だ。それは他の誰のせいでもなく、ずっと連絡を取っていなかったクラスメイトに自分から距離を置いた結果だと思う。

 彰人あきひとに一言挨拶できなかったのは心苦しいが、彼をぐるりと取り囲んだ女子の輪に入る気力は到底なかった。


 駅前の広場まで来て、京子は深呼吸するようにベンチへ腰を下ろす。

 前に来た時は広場全体がイルミネーションで彩られていたが、クリスマスやバレンタインも過ぎて、今はえ置きの街灯が白く光るだけだ。

 ふわぁっと白い息を吐いて、京子は澄んだ空を見上げる。


「もう春だもんね」


 とはいえ三月初旬の東北はまだまだ寒さが残っていた。

 冬のコートを選んだのは正解だったようだ。


 時節柄、夜の九時を過ぎたばかりの広場には人が多い。

 この時間にこんな場所で頭がはっきりしている事に驚いて、京子はアーケードの方を見やる。いつものラーメンを食べに行くか、それとももう少しだけ飲みに行こうか──と思うが、同窓会メンバーと鉢合わせするわけにもいかず、検索しようかとスマホを取り出す。


 綾斗あやとからメッセージが来ていた。


『お疲れ様です。楽しんでますか?』

「楽しんで……」


 彼の短い文章の裏に、そこにはない彰人への嫉妬が含まれている気がした。きっと先に話しておいた方が良いんだろうと思って、文字を打ち込んでいく。


『楽しかったよ! 彰人くんが来てたの。びっくり!』


 やましい事は何もないと明るく振る舞って、元気いっぱいのスタンプを添える。


「気にすることないんだろうけど……」

 

 同窓会に幼馴染みの彼が居る事は何もおかしい事じゃない。告白されたからと言って恋人ではない綾斗に気を遣う必要はないのかもしれないが、色々考える前に指が動いてしまう。

 そこから二分ほど経ってから、受信音が鳴った。


『飲み過ぎないように!』


 今綾斗は何を考えているのだろうか。チクリと胸が傷んで、彼の声が聞きたくなる。

 けれど発信ボタンに伸びかけた指は、『ありがとう』のスタンプを選んだ。

 すぐに既読が付いて何か反応を待ったが、それ以上の返信はなかった。


 両手に握り締めたスマホをしまって、再び一人の時間が戻る。少し飲み足りないのと時間が早いせいもあって、まだ実家には帰りたくなかった。


 とりあえず歩こうかと腰を上げると、思わぬ人物がすぐ目の前に立っていた。


「見つけた」


 10年以上前の記憶と同じ笑顔で、彰人は京子に右手を差し出したのだ。


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