34 男の下心
墓から家へ戻るのに、一度東京駅に降りた。
今日は仕事が休みで、家に一人では居たくなかったからだ。
帰省や旅行客でごった返すターミナル駅は、頭を空っぽにさせるには都合が良かった。
けれど店でも見て回ろうかと思った所で、正面から声を掛けられる。
「京子」
聞き覚えのある声から相手を連想できず、京子は俯いていた顔を起こす。
意外な人物との再会に、「あぁ」と目を丸くした。
記憶の再生ボタンを押すように、香水の香りが鼻をつく。
「えっと……忍さん?」
「当たり。また会えたね」
目の前で足を止め、彼は長めの髪を耳に掛けながらにっこりと笑顔を見せた。相変わらずの派手なスーツ姿に、見覚えのある金色のピアスが光る。
先日
「君は相変わらず、男にフラれたような顔してるね」
「……フラれてません」
「じゃあ、フッてきた? 不本意ってところかな」
そんなに分かりやすい顔をしているのかと思うと急に恥ずかしくなって、京子はあさっての方向へ顔を逸らす。
「話したくないなら話さなくていいよ。誰だって聞かれたくない話はあるものだし」
「……何か狙ってます?」
「君の事? ちょっと狙ってるかも」
「そうじゃなくて。私に声掛けてきたのって……」
「偶然だよ」
見透かしたような顔で、忍はそんなことを言う。
前回も今回もシチュエーションが似ていて、タイミングを突いたのかと疑ってしまう。けれど、この駅が彼の最寄り駅だとすれば本当に偶然なのかもしれない。
「淋しそうに歩いてるから目立つんだって。何なら俺が慰めてあげようか? 二人きりになれる所に行っても構わないよ?」
「行きません」
パーソナルスペースへ入り込んだ忍から大きく一歩退いて、京子はムッと彼を睨んだ。
「偶然って言われると、疑っちゃうんです。同業者じゃないかって」
「俺がバスクかもってこと?」
直球でその言葉が返ってくることに、警戒心を
キーダーもバスクも、トールでさえ簡単に調べられるワードに過ぎないが、どうしても忍に彼の影を重ねてしまう。
「昔、同じ事言って会いに来てくれた人が居たから」
「へぇ。悪い関係ではなさそうな言い回しだね。男?」
「男……友達です」
浩一郎とのアルガス襲撃を起こす直前に、
「俺の事怪しいって思ってるでしょ」
「……少し」
「少しって顔じゃないよ。けど仕方ないか、俺たちの出会いはナンパだからね。何なら試してみる?」
「試す?」
京子が首を傾げると、忍は右手を差し出した。
手を握ったところで、相手の能力が百パーセント分かるわけではないけれど。
「キーダーなら相手が能力者かどうか分かるんじゃなかったっけ?」
忍の好奇心に戸惑いながら、京子は胸の前で一度拳を握り締めた。
「ほら、手相占いしてあげるとか言って、手を握りたいってのと一緒だから。男の下心だよ」
「そんな古典的な……」
「いいから」
気持ちを無視して、忍は京子の右手を掴んだ。おもむろに指が絡んできて、京子は思わず「ひゃあ」と声を上げてしまう。
「ほら、何も感じないでしょ?」
「う、うん」
それだけは確認して、彼の手を逃れた。
能力の気配は全く感じなかったけれど、心臓がずっと嫌な感じにドキドキしている。
「そんなに嫌だった?」
「びっくりしました。けど、もう大丈夫です」
「なら良かった」
忍は京子の警戒を解くように笑顔を見せた。
彼が悪い人には見えないけれど、心を許せる相手には程遠い。ただ、嘘をついたことは謝っておきたいと思う。
「違うって言ったけど、本当はさっき恋人と別れてきたんです。一人だと色々考えちゃうからってこんな所に来て、忍さんに会いました」
「へぇ。結局遠距離の彼の所にはいかなかったんだ」
「はい」と京子は
前回少ししか話していない会話の内容を、彼はよく覚えているなと思った。
「嘘ついて、ごめんなさい」
「まぁいいんじゃない? それに、好きってだけじゃうまくいかない事なんて、この世にはたくさんあるよ。ここに留まろうとした気持ちは大事にした方が良いと思う」
「そう……なのかな」
「そのお陰で、今日は俺と会えたんだし?」
どうして彼にこんな話をしているんだろうと自分でも不思議だった。
まだ会うのは二回目で、名前しか知らない相手だ。
「またコーヒー買ってあげるから、ちゃんと家に帰りなよ。別の男に声掛けられないうちにさ」
「ありがとうございます」
彼がそう言って自動販売機に走る。
買ってきたのは、前回と同じ缶コーヒーだった。
「今日も寒いから。女の子は冷やしちゃ駄目だよ?」
別れ際の雰囲気になって、京子はふと首を傾げた。
「私たち、また会うんですかね」
二度ある事は三度あるという。ただ漠然と彼とはまた会うような気がした。
忍は「どうだろうね」と笑う。
「俺は会いに行くよ。とりあえず今日は諦めるから」
「分かりました」
「じゃあ、良いお年を」
そして彼は雑踏の中へと消えて行ったのだ。
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