27 それが彼の決断なのか──?

 修司が『クリスマスイブイブ』だと話したその日の夜、帰宅したマンションに桃也とうやが居た。

 窓から漏れる灯りに彼の帰宅を想像する事など容易いのに、京子は全くその答えに辿り着くことができなかった。


 クリームシチューかグラタンか、そんなメニューを思わせるホワイトソースの匂いが玄関いっぱいに広がっている。

 暖かな空気の中で「お帰り」と迎えられる状況は三年前にタイムスリップしたようで、京子は「何で」と涙腺を緩ませた。


「俺の事、強盗か何かだと思っただろ」

「うん。だって……」


 握り締めた趙馬刀ちょうばとうを指で指摘されて、京子は「ごめん」と腰へしまう。

 戸惑った頭が少しずつ冷静になった。


「とりあえず中に入れよ」


 桃也が京子の腕を引いて、開いたままの扉に手を伸ばす。

 京子は靴を脱ぐと、改めて彼を見上げた。


「まさか桃也だとは思わなくて……いつからいたの?」

「羽田に着いたのが午前中だったから、昼過ぎくらいかな。一応、サプライズのつもりだったんだけど」


 言い切る前に、京子は桃也の胸に飛び込んだ。

 彼は安堵するように京子を抱き締める。


「迷惑だった?」

「ううん、嬉しい。けど急で……どうしよう、心の準備ができてないよ」

「そんなの要らねぇだろ。喜べばいいんじゃないのか?」


 去年もその前のクリスマスも、桃也は帰って来なかった。だから今年も一人が当たり前だと思っていた。


「いつまで居れるの?」


 いつも彼の帰宅には期限が付いている。夏に修司のトレーナーとして帰ってきた時は数週間居たが、いつもは一泊できれば良い位だ。

 元旦の京子の誕生日までとは言わない、せめて明日のクリスマスイブを過ごせたらと期待してしまう。

 不安を感じながら腕の中で彼を見上げると、


「俺、ずっとここに居ようと思う」

「……ずっと?」


 桃也は京子の思いもよらぬことを口にしたのだ。


「キーダーを辞めようと思うんだ」

「え? どういう事?」

「マサに辞表叩き付けてきた。一応、監察かんさつの俺から見て直属の上司だからな」


 彼の出した答えに困惑して、京子はその腕を離れる。

 咄嗟とっさに彼の手首を確認するが、まだ銀環ぎんかんは付いていた。


 『大晦日の白雪』で亡くなった桃也の両親の死因を初めて聞いた時もこんな感じだった気がする。


 頭が白くなるのは、こういう事だ。

 言葉を理解できても、彼が何を言っているのか京子にはさっぱり分からなかった。


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