23 もし自分がこの世から消えてしまったら

「アイツの事なんて、好きじゃないよ」


 酒の勢いで、同期四人組の恋模様を尋ねる京子。

 佳祐けいすけはどうかと聞いた返事は、きっぱりとした否定だ。


 あまり感情を外に出さない佳祐だが、やよいとは一番仲が良さそうに見えた。

 けれど四人が本部で一緒に訓練していたのはもう十年も前の事で、やよいはノーマルの男性と結婚して子供もいる。


「やっぱり、キーダー同士の恋愛って良くないのかな」

「そうじゃないよ。確かにあの三人とは仲が良かったけど、そういう気持ちにはならなかっただけ。京子は桃也とうやとどうするの? サードの話、聞いてるよ」

「やよいさぁん!」


 上京したのは友人に会う駄目だと言っていたが、今日こうして約束をしてくれたのは、恐らくそれが理由なんじゃないかと思う。

 彼女の優しさに甘えて、京子は最近の事を正直に話した。


「この間、キーダーを辞めて桃也の所に行こうかなって思ったんです。今までよりずっと近くで彼と過ごせると思って。けど、それを切り出す前に彼から待っててって言われて──」

「それで待ってるの?」

「前向きに待ってるつもりなんですけど。一度踏み留まったら、それ以上前に進めなくなっちゃって」

「迷いが出ちゃったんだ」


 「はい」と頷く京子の頭を撫でて、やよいはカウンターに両肘をつきながらジョッキを傾けた。

 「そうだねぇ」と零した溜息は重い。


「頑張れって良く言っちゃうけどさ、恋愛なんて頑張るものじゃないよ。どんなに好きな相手でも、頑張ろうって思った時点で負けてる気がすんだよね」

「やよいさんも色々あったんですか?」

「そりゃあ、アンタとの歳の差分くらいはね」


 やよいは少し寂しそうな顔で笑った。


「桃也が好きかい?」

「好きです。けど、今の自分を捨てて向こうに行けるかって言われたら……」

「キーダーでいたいって事か」


 それは長官の言うような、名ばかりのキーダーとは違う。今まで通りキーダーとして仕事を続けたい。


「今更、エプロン付けてお料理やお洗濯するような可愛い奥さんになんてなれないし」

「あぁ、そりゃ私もダメだわ。家事は私もやるけどさ、それだけってのはちょっとね」

「ですよね」

「この力は麻薬みたいなもんだからね。私もこの銀環ぎんかんは外せない。仕方ないじゃないか、選ばれてしまったんだもの。だからキーダーとして死んで、棺桶まで持っていくつもりだよ。一度外したら戻れないんだから良く考えた方がいい。けど、本当に好きなら付いていくのも人生だよ?」

「…………」

「京子が決める事だろ? 人間ってのは、一人の相手だけを好きになるようになんてできてないんだよ。諦めるって感情もちゃんと備わってて、また別の人を好きになれる」

「ちゃんと諦められるんですかね」

「諦めろって言ってる訳じゃないよ? だいたい、京子は元々彰人あきひとが好きだったんだろ? メンクイなんだから」

「そ、そんなんじゃないですよ! たまたまです」


 突然彰人の話を出されて、京子は倒しそうになった三杯目のサワーを慌ててテーブルに放した。大きく揺れた中身がギリギリで踏ん張って、波を打っている。


「たまたまね。桃也だって良い顔してるし……あぁけど、久志ひさしもカッコイイんだっけ。そりゃあ顔は関係ないかもしれないね」

「…………」

「まぁ彰人も桃也もいい奴だから、ホレる気持ちは分かるよ」

「そうですか?」

「あぁ。だから、生まれてから死ぬまでオンリーワンじゃないんだよ。我が家ウチではさ、私が死んだらさっさと再婚しろって旦那には言ってある」

「えっ……」


 一度会った事のあるやよいの夫は大人しい感じのサラリーマンで、彼女より幾つか年上だったはずだ。


「ウチの旦那イケメンだろ? 死んだ人間なんかに捕らわれて一人にさせとくなんて勿体ないからね。私の事なんて、たまに線香あげに来てくれれば十分だよ」

「凄いなぁ、やよいさんは。私はそんな事まで考えられません」


 キーダーとして家庭を持つという事は、もしもを考えておかねばならないという事だ。

 ニヤリと笑ったやよいが、今度は日本酒を飲み始める。

 「ほら」と徳利を向けられて、京子も渡されたお猪口に注がれたなみなみという酒を、グイと一気に飲み干した。


「私、そんなに割り切れるかな……」

「割り切らなくていいんだよ、死んだら終わりなんだから。人間は生きてる時が大事。死んじまったら、残った人に任せる」

「はい……」

「桃也に任せろって言われたんだろ? 具体的な期間とかはないの?」


 フルフルと首を横に振る京子に、やよいは呆れ顔で「アイツ」とテーブルを叩く。

 ぼーっとした頭に、やよいの言葉は重かった。


「それにしても、桃也がサードだなんて……アルガスはどうなっちまうんだろうね」


 やよいは空のお猪口を振りながら遠くの席を一瞥いちべつし、店員に次の酒を注文した。




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