8 見られてた

「私、キーダーですよ?」


 どうにも引かないナンパ男を牽制けんせいして京子は銀環ぎんかんを見せつけるが、相手には全く効果がなかった。


「知ってるよ。だから声掛けたんだもん」


 前に綾斗あやとが『ノーマルから見たキーダーの女は怖いだろう』と話していたが、『銀環ぎんかんを付けるだけでモテる』とも言っていた事を思い出す。キーダーへの解釈は人それぞれらしい。


「だから声掛けた、って。怖くないんですか?」

「全然。強いし可愛いなんて最高じゃん? それが本物かどうかはギャンブルみたいなものだったけど、タイプの子が失恋して落ち込んでたらチャンスって思わなきゃ。優しくしてあげたら俺のものになるかもしれないでしょ?」

「なりません!」


 威嚇いかくするように睨みつけると、男は「もぉ」と甘い声で拗ねた。


「怖い顔しないでよ、冗談だからさ。で、君の彼が遠くに居るってのは分かったけど、そんな辛い顔させる相手ならやめた方がいいんじゃない?」

「…………」

「初めて会った俺じゃ説得力ないんだろうけどさ。遠くの親戚より近くの他人って言うじゃん? 恋人だって同じだよ。したいときにできないなんて寂しいでしょ」

「そ、そんなこと、言わないで下さい」

「またまたぁ。俺の言葉、グッと来たんじゃない?」

「来てません!」


 言い返してみたものの、彼は楽しそうに会話を弾ませるばかりだ。

 あまり身長差のない彼の視線は、避けようと思っても正面からグイグイと入り込んでくる。


「なら俺と楽しいことする?」

「しません。放っておいて下さい」

「じゃあ、また会えたらもう少し深い話をしようよ」


 こんな場所で偶然会って、またなんて事があるのだろうか。

 万が一の偶然──彰人と再会した時も、偶然ではなかった。


「私、行きますから」

「ちょっと待って。ここで待ってて貰える?」


 背を向けようとした京子にそう言い置いて、男は側の自動販売機へ走った。

 このまま逃げてしまう事も出来たが、言われた通りに留まると、すぐに彼は戻って来る。


「今日、夕方から冷えるって言うから持ってって」


 缶コーヒーを差し出されて、京子は「えっ」と目を見開いた。


「警戒しなくていいよ。俺、しのぶって言うんだ。君は?」

「……京子」


 忍は京子の手に熱い缶コーヒーを押し付けて、満面の笑顔を寄せて来る。


「またね、京子」


 京子に逃げる隙も与えず、忍はそっと耳元で囁いて去ってしまった。



   ☆

 そんな二人のやり取りを、数十メートル先で目撃していたのが修司しゅうじだ。

 アイドルグループ・ジャスティが今日から東京駅をジャックするという事で、ハイテンションのゆずるに放課後拉致されて、はるばる東京駅まで来た。

 ヲタ活の、乱れる能力の気配に気付いて京子を見つけた。


「ちょっ」


 目を疑う光景に思わず声を出すと、柱に貼りつくえりぴょんのポスターにデジカメを向けていた譲が「なになに?」と修司を振り向く。

 あちこちの柱や壁に新曲の衣装を着たジャスティのメンバーたちが溢れていて、もう何枚写真を撮ったのか分からない程だ。他にも似たような男子が多くいるせいで、いつも浮きっぱなしの譲がその場に溶け込んでいる。


「いや。あれ、京子さんだよなと思って」

「あ、ほんとだ。声掛ける?」

「駄目だ」


 向こうに行こうとする譲の腕を慌てて掴んだ。

 彼女に会っても、掛ける言葉が見つからない。


 今京子は一人でいるが、数秒前まで見知らぬ男と一緒に居たのだ。

 恋人の桃也とうやでもなく、いつも一緒の綾斗でもなく、他のアルガスメンバーでもなく、茶髪にスーツのチャラい男が別れ際彼女の頬にキスしているように見えて、修司は動揺を隠せなかった。




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