67 何かおかしい
ミルクと砂糖を多めに入れて、嫌顔にもカップ一杯分のコーヒーを飲み干した
「これよ」とハンガーに掛かったままの状態で見せてくれたのは、京子や
「後ろ向いて。いいって言うまで振り向いちゃ駄目よ?」
「は、はいっ」
龍之介は慌てて背を向け、二口分残ったおにぎりを一気に口へ突っ込んだ。全神経が背中の向こうに集中する。
布の擦れる音、ファスナーの開閉音、その一つ一つに妄想を掻き立てられた。
想像以上に興奮してきて、龍之介は『落ち着けよ』と膝に乗せた指を肉に食い込ませる。こんな野蛮な感情を朱羽に悟られるわけにはいかない。
「が、ガイアの所に行くんですよね? 場所の当てはあるんですか?」
「ないわよ」
「ないんですか」
「けど、向こうも騒ぎを大きくしたい訳じゃないと思うの。だからポイントは
龍之介が緩む口元を真横に結んで食器を片付けると、朱羽が「いいわよ」とロッカーを閉めた。
普段見慣れない制服姿をコスプレのように感じてしまう。
彼女がくるりと回って見せると、タイトスカートの膝裏から太腿へと長めのスリットが入ってるのが分かって、「わぁ」と無意識に歓喜の声が漏れた。
京子たちもそうだが、肌色のパンストもヒールも戦場へ赴く格好には見えない。
「何年も経ってるのに、サイズって変わらないものね。龍之介はその恰好で行く?」
「俺はこれでいいです」
黒のパンツに白いシャツという、制服とほぼ変わらない服にさすまたを掴んだところで、ポケットのスマホが震えながら着信音を鳴らした。モニターに出た相手の名前に、龍之介は「すみません」と朱羽に断り、飛びつくように通話ボタンを押す。
「銀次! 良かった、さっきはごめんな」
『気にするなよ』
戦闘中の公園で適当な返事をしてしまったことを詫びる。
いつも通りの銀次にホッとするも束の間、
『それより今から出てこれないか? 朱羽さんと二人で』
彼は唐突にそんなことを言ってきた。
『今アルガスに居るんだろ? 彼女も一緒だよな?』
「あ、あぁ。そうだけど……」
龍之介は首を傾げた。
銀次はどうしてそれを知っているのだろうか。こんな時間に朱羽をセットで呼び出すのも何だかおかしなことのように思える。
悪い予感がして、龍之介は彼の誘いを断った。
「ごめんな、今立て込んでてさ。もう九時過ぎてるけど何かあったのか?」
『あるよ。だから呼んでるんだ』
お茶屋の丸熊がキーダーの力を求めた事と同じ理由なのだろうか。
今から戦いに行くのだとは言えず断る理由を考えていると、銀次がスマホ越しに溜息を響かせた。
『ノーマルのお前が、こんな時間にアルガスに居るなんてな』
全てお見通しと言わんばかりの言葉に不安を感じて、龍之介は窓の方を見やる。
薄いレースのカーテン越しに彼の目が覗いている気がして、急に怖くなった。
「銀次、お前何かおかしくないか?」
『おかしくないよ』
いつも通りの声なのに、いつもの銀次ではない気がする。
きっぱりと否定する彼に龍之介が戸惑うと、朱羽が「どうしたの?」と囁いてスマホに耳を寄せてきた。頬に彼女の息が掛かって、龍之介は意識を逸らす。
『リュウはガイアを探してるんだろ? 俺が居場所を教えてやるって言ってるんだ』
「何言ってんだよ。ガイアの居場所がわかるって、お前にガイアの話なんかしてないだろ?」
龍之介は公園で聞いたシェイラの言葉を思い出して、戦慄を走らせる。
──『キーダーの力が欲しい奴なんて、ごまんと居るんだから』
「まさかお前、シェイラの誘いに乗ったんじゃないだろうな?」
衝動的に声を上げると、「どういう事?」と朱羽が龍之介を睨んだ。彼女にはその話をしていない。
「あっ」と声を詰まらせた龍之介から朱羽はスマホを奪い取る。
「銀次くん、私を挑発するつもり? いいわ。今から行くから、その場所を教えて頂戴!」
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