14 また別のキーダー
逃げるように自転車を漕いで、龍之介は
公園から二キロ程の距離がやたら長く感じ、着いた時には滝のような汗でシャワーでも浴びたかのような濡れっぷりだった。
タオルで拭いきれない汗を諦めて、扉の前で深呼吸する。
バイト募集の紙は剥がされていて、本当にここだったのかと少し不安になるが、さっき見た男のことが気になってそれどころの話ではない。朱羽にその事を話すべきか悩みながらインターフォンを押すと、中から「はい」と男の声で返事があった。
誰だろうと思った所で、先に扉が開く。中から眼鏡を掛けた若い男が現れて、龍之介は緊張を走らせた。
「君が相葉龍之介くん?」
「は、はい」
薄水色の半そでシャツに紺色のズボンは制服だろうか。
龍之介は男の手首に銀色の環を確認して、ぎこちなく返事した。
「龍之介! すっごい汗じゃない。早く入って」
男の陰からひょこりと現れた朱羽が、水の入ったグラスを手に龍之介を招き入れる。
薬を飲むところだったらしく、彼女は手にしていた錠剤をその水で一気に流し込んだ。
「薬? どこか具合でも悪いんですか?」
「うん、ちょっと頭痛がね。いつものことだから気にしないで」
朱羽はゴクゴクと水を飲み干すと、コップをキッチンですすいで、沈むようにソファへ身体を預けた。
龍之介は冷たい風を全身に浴びながら、そんな彼女をじっと伺う。
額に手を当てて深く息を吐き出す表情は、あまり良い状態には見えない。
眼鏡の男は「無理しないで下さいよ」と注意すると、本棚の前のテーブルから一枚の書類を取って朱羽の横に腰を下ろした。
「朱羽さんが深夜まで根詰めてるって、オジサンたち心配してるんですからね」
「別に無理なんかしてないわ。仕事が速いって褒めてくれればいいのに」
朱羽は身体を起こして、小さな唇を尖らせる。テーブルには昨日なかったはずの紙束が三つの山になって積まれていた。
「後で龍之介も手伝ってね。助手が決まったって言ったら、早速仕事が増えちゃって」
「はい、勿論です」
「どうぞ」と言われて龍之介は二人の向かいに座る。
タイミングを見計らって、朱羽が彼を紹介した。
「彼は
「山で何するんですか? 事件でも起きたんですか?」
「ただの訓練よ。ヘリからロープとかパラシュート付けて飛び降りる降下訓練ね」
「えっ? ヘリから? 飛び降りるんですか?」
龍之介は天井を指差して眉をしかめる。
キーダーというのはそんなこともしなければならないのだろうか。ジェットコースターも苦手な龍之介にはハードルの高すぎる訓練だ。
「現場までヘリで移動した方が速い時があるからね。何度もやれば慣れるよ」
「そういうものなんですか」
「まぁ
「私はもう暫くやってないけど」
ニコリと笑う朱羽に、綾斗は小さく苦笑いする。
「ということで、キーダーの木崎綾斗です。よろしく」
「俺は相葉龍之介です、宜しくお願いします。高倉高校の二年です」
座ったまま深く頭を下げる龍之介に綾斗は「うん」と頷いて、取ってきた資料に目を落とした。
「木崎さん
東黄といえば美弦の通う高等部も有名だが、大学は更に知名度が高い。誰もが知る、私立ではトップクラスの大学だ。銀次の兄は、同じ東黄学園の医学部に通っている。
「たまたまだよ」と言う綾斗の横から、朱羽が龍之介の前に身体を乗り出した。
薬のお陰か、さっきより顔色は良くなっている。
「ねぇ龍之介。今からアルガスに行くんだけど、一緒に来てもらえる? IDカードの更新があるんだけど、龍之介のも作らなきゃいけないから」
「俺のIDカード……俺もアルガスに行けるんですか?」
「えぇ。けど、別に大した場所じゃないわよ?」
そこが一般人の踏み込める場所でないことは重々承知だ。あの大きな門を潜ることができるのだと思うと興奮してしまう。
銀次に言ったらまたジェラシーを掻き立ててしまいそうだと思いながら、龍之介は「行きます」と声を弾ませた。
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