9 アイツ

修司しゅうじは外で待ってて」


 美弦みつるに言われて、『修司』と呼ばれた彼が再び部屋を出て行く。

 「はいはい」と適当な返事で従う様子に、龍之介はバタリと閉まった入り口の扉をじっと見つめた。

 もしや彼が美弦の「アイツ」なのだろうか──しかし背後から掛けられた「こんにちは」の一言で、思考が再び彼女の色に染まってしまう。


「貴方、バイト希望で来たって本当なの? 嘘なんでしょ」


 けれど美弦の言葉は、再会に感動した余韻も与えてはくれなかった。修司しゅうじと呼ばれた彼がバイト希望の話を伝えていったが、彼女にはお見通しだ。


 銀環の彼女は不思議そうな顔で龍之介を見つめている。

 この三ヶ月ずっと探していた彼女に辿り着けた達成感を「嘘つき野郎」とののしられるのは残酷以外の何者でもない。


「嘘じゃないですよ。バイトは探していたんです。けど、俺は貴女を探していて」

「私?」

「彼、春に朱羽あげはさんに助けられたらしいんです。私がキーダーだって噂聞き付けて、この間ウチの学校まで訪ねて来たんですよ。キーダーで、髪の短い綺麗な女の人を探してるって」


 美弦が説明すると、彼女は「そうなの?」と眉を上げて、パチパチと大きな目を何度も瞬かせた。どうやら彼女は朱羽という名前らしい。

 朱羽は美弦の説明に戸惑うように、龍之介をじっと見つめる。そして数秒の間を置いて、瞳をパッと見開いた。


「えぇ、覚えてるわ。夜桜の時!」

「それですっ!」


 思わず声高に叫んでしまう。その事を覚えていてくれただけで、龍之介は嬉しくてたまらなかった。


「お久しぶりね。あれからは変な人に絡まれたりしてない?」

「はい。あの時は本当にありがとうございました」


 にっこりと微笑んだ朱羽に改めてその言葉を伝えると、美弦がペットボトルのジュースをすすりながら、納得のいかない表情で唇を尖らせた。


「けど貴方、ここの話も朱羽さんの話もしなかったのに、よく辿り着けたわね」

「それは俺も驚いてます。さっき外で見掛けて、あの時の人だなって」

「それで、ストーカーみたいに付いて来ちゃったの?」

「はい!」

「それって運命なのかしら。けど、本当にバイトする気あるの?」


 美弦はいぶかしげに龍之介の身体をジロリと見つめて、「頼りなさそうね」と言い放つ。

 バイトの職種も条件も把握していないが、龍之介は「あります!」と断言した。無謀なことかもしれないが、朱羽との時間をこれっきりにしたくない。


 「よろしくお願いします」と頭を下げると、朱羽が「分かったわ」と了承してくれた。


「なら面接しなきゃね。美弦ちゃんはもう大丈夫よ、修司くん外に待たせちゃ悪いから。結果は後でアルガスに報告しておくわね」

「いいんですよ、アイツが付いてくるって言ったんですから。それに帰りは寄り道していく予定なんで」


 美弦がチラと見たテーブルには、積み上げられた書類の横にさっき外で見た青色のロゴが入った紙袋が置いてあった。


「二人でデート? 羨ましい」

「ち、違いますよ。ただの買い物です! それより朱羽さん、コイツと二人きりにしていいんですか? 一応男ですよ?」

「一応、って。あの……」


 美弦は声を上ずらせながら龍之介に「いい?」と前置きして、仁王立ちポーズを作った。


「朱羽さんに変なことしたら、私が許さないわよ?」

「変な事なんてしませんよ! 突然何言い出すんですか!」


 きっぱりと否定しつつ、無駄に妄想を膨らませてしまう。

 意識を逸らすように部屋の奥へ視線を投げて、龍之介は大きな書棚に立て掛けられたY字型の長い棒を見つけた。それが消防署のマークでもお馴染みの『さすまた』だという事は分かる。

 超能力を使う事の出来るキーダーの彼女が、防犯としてこれを置いているのだろうか。


「何かされたら、遠慮なくやっちゃって下さいね!」


 美弦は念を押すように龍之介を睨みつけ、颯爽と部屋を出て行った。



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