7 当たりなのかハズレなのか

「折角だし、私に答えられることなら答えてあげるわよ?」


 駅まであと半分の距離を取り繕うように、美弦みつるがそんなことを言う。


 あまりにも突然の言葉は龍之介は首をひねらせた。

 力を見せてくれと言っても、きっと断られてしまうだろう。どんな質問なら答えてくれるのかさっぱり分からなかったが、戸惑う龍之介を見兼ねた美弦が「それなら私が聞いてもいい?」と顔を上げた。


「貴方はキーダーの事どう思う? なりたいと思ったことある?」


 それはイエスノーを咄嗟とっさに答えられる単純なものではなかった。

 銀次はキーダーに生まれたかったと言ったけれど、便乗するようにイエスと言ったら、それは単にあの人に会うための手段でしかないような気がした。

 キーダーになれば銀環の彼女に会うという目標は容易に達成できるだろうが、有事になった時のキーダーの立ち位置を考えれば、軽はずみに『なりたい』と言えるものではない。


「俺は自分の命をかけるなんて想像もできないから、ノーマルで良かったと思います」


 この数ヶ月キーダーの事を色々と調べたが、彼等は身体を張って戦闘をする人間だ。任務の為なら命をもいとわない──そんな生き方が自分にできるなど到底思えなかった。


「えぇ、正しいと思うわ」


 何故かパッと笑顔になって、美弦が「じゃあ、そういうことで」と足を止める。ちょうど道路に面した駅の改札に着いた。

 もう別れなければならないのだと思うと惜しい気がして、龍之介はダメもとで一つだけ質問をする。


「さっき恋人がいるって言ってましたけど、その人もキーダーなんですか?」

「そんなハッキリいるなんて言ってないでしょ? 大きな声出さないで!」

「す、すみません」

「けど……彼もキーダーよ」


 確かに『間に合ってる』としか言ってはいなかったが、美弦は赤面した顔をペタペタと手で押さえながら、あっさりと肯定した。

 思わず辺りを見回す龍之介に、美弦が「なに警戒してるのよ」と苦笑いする。


「二人でいる所を見られたら、嫌がられるかなって思って」

「貴方に嫉妬して? 怒って攻撃でもしてくると思ったの?」

「……はい」

「嫉妬はするかもしれないけど、アイツはそんなことするような奴じゃないし、仕掛けてきたら私がちゃんと盾になるから安心して。大体、貴方とやましい事してるわけじゃないんだから、余計なこと気にしなくていいのよ」


 やましい気持ちはないけれど、美弦と二人になってから『勘違い』の視線が龍之介の顔に何度も何度も飛んできているのは事実だ。

 その中にもし彼女の恋人が混じっていたら、何かされてもおかしくないと思った。銀環の彼女が見せたように、キーダーは超能力を使うのだ。


 それにしても『アイツ』と呼ばれる彼は、本当に彼女の恋人なのだろうか。キーダー同士の恋愛というのは、想像するよりずっと激しそうだ。


 美弦の話に緊張が解けたところで、龍之介は「ありがとうございます」と頭を下げた。


「私も色々教えてあげられなくてごめんなさい」

「いえ、仕方ない事なんで」

「ありがと。けど、変なトコに首突っ込んじゃダメよ? 無茶はしないで」


 申し訳なさそうな美弦に「はい」と答えて、龍之介は自分の胸にそっと右手を当てた。銀環の彼女に会った時の、スカジャン男に絡まれた恐怖は痛い程ここに刻まれている。


「龍之介、貴方とはまた会えそうな気がするわ」

「また会えたら、俺も嬉しいです」


 改札を潜って、それぞれのホームへ向かう。ほんの少しの時間だけれど、不思議な人だったなと龍之介は美弦と会った時間を振り返った。


 前に銀次がノーマルで生まれたことを「ハズレだ」と言ったことがある。

 もし美弦のようにキーダーの能力を持って生まれることが『当たり』だとしたら、自分は生まれた時に『ハズレ』が確定しているということだ。


 自分が自分として生まれたことや、誰かと出会う事に運命なんて感じたことはなかったけれど、それを実感せずにはいられない出来事が起きる。


 夏休みも終わりに近付いたある日の事。

 町中で、銀環の彼女を見つけたのだ。


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