6 彼女と歩く、駅まで5分の距離

 二葉ふたばの勢いに圧倒されたまま小さくなっていく銀次の背を、龍之介は校門の前でぼんやり見送る。


「付き合ってるんですか? あの二人」

「違うんじゃないかしら。二葉は気になる男子にはいつもあの調子なのよ。聞いてなかったの? あの子、今から彼と映画に行くって張り切ってたわよ」


 どうやら龍之介が美弦みつるに会えたのは、二葉の提示した交換条件を銀次が飲み込んでくれたお陰らしい。


 美弦はいまだニコリともせず、ずっと不機嫌なままだ。目鼻立ちのハッキリした美少女だと思うのに、彼女の放つ苛立った空気が隙を与えてはくれない。

 初めて会った年上の彼女、しかもキーダーという敷居の高さに、龍之介はここからどうしていいのかさっぱり分からなかった。

 まさかの銀次離脱に、助け舟を出してくれる相手も居ない。


 始終笑顔だった二葉の様子から察するに、これが彼女の通常モードなのではと龍之介が不安を覚えたところで、「それで、何?」と美弦が先に口を開いた。


「告白なら間に合ってるから。諦めてくれる?」

「えっ、告白? 俺が? あ、いや、そういうのじゃないんです」


 突然話題が的外れな方向に行ってしまい、龍之介は慌てて両手を振った。


「違うの? じゃあ何で貴方が私の事呼び出すのよ」

「それは──」

「ちょっと待って。私、今思いっきり恥ずかしい事言わなかった? ごめんなさい、何度かそういう事があって、勘違いしたって言うか……」


 かあっと頬を赤らめる彼女に、ようやく緊張が解ける。改めて美弦を可愛いと思った。


「俺の方こそ、突然来てすみません」

「じゃあ何? 私がキーダーだから珍しいのかしら?」

「キーダーだって知ったから会いに来たのは本当です。えっと、ここじゃなんだし移動しませんか?」


 キーダーの彼女と他校の男子が二人でいるだけで、下校途中の生徒たちの目は条件反射のように向いてくる。美弦はそんなの気にもしない様子だが、「まぁいいわ」と何故か仁王立ちのポーズをとった。


「私、放課後はアルガスに戻らなきゃならないから、話は歩きながらでもいい?」

「はい、もちろん。美弦さんはアルガスに住んでるんですか?」

「そうよ、宿舎があるの。地元が遠いのよ。高一の春からあそこに居るわ」


 美弦は両手で鞄を前に握り締めながら、龍之介の横を歩く。


 出生検査でキーダーだと振り分けられた能力者は、十五歳になったらアルガスに入って仕事や訓練をしなければならないらしい。

 龍之介は、銀環の彼女を探しに一度アルガスを訪れた時に見た、門を護る男たちの事を思い出した。あの威圧感を放った彼等より、キーダーの立場が上である事を悟って、美弦を振り向く。


 「何よ」と再び機嫌が悪くなる彼女。

 龍之介は駅までの短い距離を少しでも引き延ばそうとゆっくり歩きながら、ようやく本題を口にした。


「キーダーの女性を探しているんです。銀次に言ったら、田母神たもがみ京子さんって人の写真を見せられたんですけど、その人じゃなかったから。他に情報が欲しいんです」

「ちょっと、京子さんの写真って。あの男変態なの?」

「あぁいや、俺が聞いたらネットで拾ってくれて」


 「へぇ」と呟いた美弦は、それ以上何も言わずに龍之介の話に耳を傾けた。


「桜が咲いている時だから少し前の話なんですけど、バイトの帰りにチンピラに絡まれているのを、銀環を付けた女性に助けてもらったんです。髪が肩くらいまでで、綺麗な人でした。それで、きちんとお礼が言えたらなと思って。知りませんか?」

「……そういうこと」


 美弦は前を向いたまま溜息を吐き出した。


「知らないとは言わないけど、私がここで貴方に何かを話すことはできないわ」


 あぁ知ってるんだなと龍之介は頷く。キーダーが機密だらけだという事は理解しているつもりだ。

 だから、こんな答えが返ってくることも予想していなかったわけじゃない。

 銀環の彼女を諦める事はできないが、美弦にはこれ以上迷惑を掛けられない。


「わかりました」


 項垂うなだれた龍之介に、美弦は申し訳なさそうな顔で「ごめんなさい」と唇を噛んだ。


「いえ、謝らないで下さい。決まりなら仕方ないですから」


 聞きたいことはこれだけだ。

 駅までたった五分の距離を短いと思ったのに、残り半分をやたら長く感じてしまった。

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