67 決戦の日
山で聞いた『キーダーは』という話への不安を口にすることができず、
四階を超えたところで重低音を響かせるプロペラの振動に気付いた。
今更引き返すこともできず開け放たれた扉を潜ると、開放された空にヘリコプターの激しい音が響き渡る。
もうすっかり夜の空が広がっていて、暗い風景に
中央に印されたヘリポートに乗った機体は、山で見たよりもずっと大きかった。
「コレで行くんですか?」
わんわんと回るブレードに息を呑む。別の手段が用意されているとは思えない。
「緊急時は車や電車じゃ間に合わない時があるからな。キーダーはヘリでの移動が三割くらいだ。別に嫌なら今日はここに残ってもいいんだぞ?」
「いえ、行きます! けど、パ、パラシュートはちょっと……」
キーダーは空にパラシュートを咲かせるという。
修司は高所恐怖症という訳じゃない。足手纏いになりたくないのは山々だけれど、空から飛び降りる勇気だけはどうしても出なかった。
「ロープで降りる時もあるし、俺がタンデムしてやってもいいんだぜ? それなら訓練してなくても行けるだろ?」
宙へ身を投げ出す以外の選択はないのだろうか。
「タンデム、って。桃也さん、そういうの資格とか持ってるんですか?」
「いや、持ってねぇけど。ベルト付けとけば、どうにかなるんじゃないか?」
「無理ですってば! しかも夜ですよ?」
真顔の桃也に全身で大振りに否定して、修司は小動物のように目を
「キーダーは力があるだろ? いざとなったらパラシュートだって自分の身体だって思いのままになるよ。な?」
「な? って……」
「まぁ近藤に感謝するんだな、あっちにもヘリポートがあるらしいから」
「神様!!」
まだ訓練もしていない身で、落下する自分を冷静にどうにかできるとは到底思えない。
不本意ながらも、修司は近藤に向けて大声で安堵を叫んだ。
桃也に続いてヘリへ搭乗し、四人乗りの座席に桃也と向かい合わせで座る。
シートベルトを留めると、先に乗り込んでいた
「コージさん、無理言ってすみません」
『気にするなよ。君のお願いは聞いといた方が、後々良い事ありそうな気がするしね』
「何ですか、それ」
スピーカーから聞こえるパイロットの声は、落ち着いたハスキーボイスだ。
機内はプロペラと風の音で
『俺は損得勘定で動いてるだけだからさ』
「分かりました。じゃあ、お願いします」
『了解』
桃也は暗い闇を見渡して、修司にそっと声を掛ける。
「空からの
「戦場ですか……」
「覚悟して来たんだろ? 気ぃ抜くなよ」
「はい……」
次第に高まる音に、修司は「テイクオフ?」と小声で呟き、両手を固く膝の上で握り締める。
フワリと地面を離れた感覚が全身に伝わった。
今日が無事で終わりますように――そう祈りながら桃也の視線を追った。
譲が今日を『決戦の日』だと言っていたが、修司にとってもそんな日になってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます