66 ナイスタイミング

 ゆずるから来たメールに添付されていた写真を思い出し、修司はゾッと背中を震わせた。

 アイドルグループ・ジャスティのツアーファイナルがあるのだと譲が張り切っていたのは、つい数時間前の事だ。


「まさかジャスティのライブ会場ですか? 観客が居るんですよね? 今日友達がそこに行ってるんです」

「友達? あぁ、好きな奴がいるって言ってたもんな」

「はい。そこでホルスとキーダーが接触するだなんて、危険じゃないんですか?」


 近藤によって仕組まれたものとはいえ、穏やかに事が進むとは到底思えない。

 横浜のそのホールと言えば、国内外を問わず大物スターが毎日ライブをしているような場所だ。その収容人数を考えれば、いざ騒ぎになった時の混乱は避けられないだろう。

 桃也も「危険だろうな」と苦笑する始末だ。


「なら、そこにいる人たちは……」

「守るよ。それが俺たちの仕事だ」

 

 きっぱりと言い切る彼の顔に不安は見えない。

 狼狽うろたえる気持ちを抑えて、修司は「はい」と息をのんだ。


「近藤が今日で指定してきたんだよ。ホルスとの交渉はライブ後って絶対条件だ。ホールには昼間からウチのメンバーが待機してる。別支部のキーダーも入ってるから安心しな」

「別支部? って、もしかして……」

「平野さんじゃねぇよ」


 期待する修司に、桃也は先に返事する。応援は九州支部のキーダーらしい。

 「時間だぞ」と促す桃也。すでに開演から一時間経った頃で、向こうは興奮の真っ只中ただなかだろう。


趙馬刀ちょうばとうは持ってるか? あと、その格好だと向こうでキーダーだって分からねぇな」


 羽織ったシャツのすそまくり、修司が「あります」と腰の趙馬刀を見せると、タイミングを計ったように部屋のブザーが鳴った。

 桃也が入口で応答すると、『修司くん居ますかぁ?』と緊張感きんちょうかんのない女性の声が修司を指名してくる。横のモニターに荒めの画像で映し出されたのは、メガネを掛けた施設員しせついんの女だ。


『貴方の制服持って来たわよ』


 そういえば最初の朝に採寸していたことを思い出す。

 修司が「ありがとうございます」とモニターに向かって頭を下げると、桃也が扉を開いて彼女を迎えた。


「ナイスタイミング。流石だな、セナさん」

「こうなるんじゃないかって思ってたわ。二人で京子ちゃん達のトコ行くんでしょ? 間に合ってよかった」


 華やかな香水の匂いを振りまいて、セナは「急ぐわよ」と修司に詰め寄る。彼女の手がおもむろにシャツのボタンへ伸びて、修司は慌てて身をよじらせた。


「うわぁあ。俺、自分でできますから、向こう向いてて下さい!」

「可愛い、修司くん」


 初めての制服に感動する暇もないまま、修司は彼女が後ろを向いた隙に急いで服を脱ぐ。テーブルに置かれたズボンをいて、シャツのボタンを締めながら「もう大丈夫です」と声を掛けた。


 もたつく修司の手から深緑のアスコットタイをうばって、セナは手早く襟元えりもとに結んだ。開いていたシャツのボタンをきっちりと留めて、「胸を張りなさい」と修司の背中をドンと叩く。


 壁掛けの大きな鏡の前まで手を引かれ、修司はそこに映る自分の姿に「うわぁ」と声を上げた。採寸さいすんの時に一度そでは通しているが、改めて着替えた自分が別人のように見える。


「何か、着せられてる感じだな」

「若い子には地味なのよ、この服」


 ボソリと呟いた桃也の感想に、セナまでもがそんなことを言う。 

 律もそうだが、この制服は女子ウケが良くないらしい。

 一緒に渡された身分証の写真は学生証と大差なかった。上に書かれたキーダーという肩書かたがきを恐れ多く感じてしまう。


「修司、キーダーになるんだな?」


 確認する桃也に「はい」と答えると、セナが間に入り込んで修司を見上げた。


「ねぇ修司くん、貴方はここに来たばかりで戦いなんてまだ見様見真似みようみまねでしょう? 美弦みつるちゃんのこと心配かもしれないけど、助けようなんて思わずにパートナーになってあげてね」

「パートナーですか?」

「そう。無理しちゃダメって事よ?」


 その言葉を噛み締めて、修司は「わかりました」と頭を下げる。

 「行くぞ」と走り出す桃也を追い掛けて、階段を駆け上がった。




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