64 キーダーになります

 食堂に桃也とうやの姿はなく、修司しゅうじはその足で彼の自室へ向かった。

 マサの部屋をはさんで、彰人の逆隣ぎゃくどなりが彼の部屋だ。ここに居なかったら下の事務所へ行こうと考えながら呼び出しボタンを押す。


 扉の向こうで電子音が遠退とおのくが、あきらめかけた時にガタリと物音がした。

 開かれた扉の奥に現れた桃也が、困惑こんわくの表情を見せる。


 修司もまた桃也の姿に眉をひそめた。

 いつも着崩きくずしたシャツ姿の彼が緑のタイを締め、紺色のジャケットを羽織っている。だからきっとこの状態は、彼にとっての『仕事モード』だ。言われなくても、そのくらい分かる。


「桃也さん今夜待機だったんですよね? どこかに行くなら、俺も連れてって下さい」

「お前は正式なキーダーじゃないだろ? 巻き込むわけにはいかねぇよ」


 他人の要望などける気迫で、桃也の瞳が冷ややかに修司をにらんだ。


「一人で京子さんを助けに行くんですか?」

「それだけが理由じゃねぇよ」

「今日のアルガスは静かすぎます。どこで何が起きてるんですか? 律さんが……ホルスが関係してるんですか?」


 桃也はすぐに口を開こうとはしなかった。何故なぜだろうと考えたところで、それは修司自身がキーダーでないことの一択いったくにしか考えられない。


「彰人さんの部屋を見つけました。あの人もキーダーなんですか?」


 その名前を出すと、桃也は「気付いたのか」と顔を強張らせる。


「彰人さんのお父さんも、昔キーダーだったんですよね? 苗字みょうじは違うけど、顔のそっくりな人がいたって伯父さんが言ってました。そうなんですか? 猩々寺しょうじょうじ浩一郎って人は……」


 颯太そうたより年上で、当時大舎卿だいしゃきょうと仲が良かった浩一郎は、アルガス解放の時にトールになった一人らしい。

 遺伝いでんが全てではないが、能力者の出生率に血はわずかながら影響するという。だから二人が親子だと知って素直に納得することができた。


 桃也は困惑と諦めの混じったような顔で、その話を零す。


「結婚して相手の姓に入ったらしい。アイツの親父──遠山浩一郎は、今牢屋ろうやに入ってる。いいか、あの二人は二年前のアルガス襲撃しゅうげきを起こした張本人ちょうほんにんなんだからな?」


 このところ衝撃的な話が多すぎて、事実に対する驚愕の度合いは減ってしまったが、それでも十分に驚いた。修司は混乱する頭を必死に整理する。


「だから彰人さんは、自分の事を悪人だって言ったのか……けど、トールは力が使えないんですよね? 彰人さんが一人で戦ったんですか?」

「彰人の力は桁外けたはずれだ。けど浩一郎の攻撃もすごかったんだ。奴はアルガス解放の時、銀環を外してアルガスを出た事になってたらしいが、細工して力を消さずにいたらしい。つまり――禁忌きんきを犯したんだよ。二年前の襲撃は、二十年以上膨らませたアルガスへの執念しゅうねんだ。あれを収束しゅうそくさせたのは結果的にキーダーだけど、たった二人相手にあの有様ありさまだよ」

「禁忌って、そんな……銀環を外した能力者って事は、キーダーからバスクになったってことですか?」


 アルガスの常識で言えば、銀環を付けた能力者が選べる道は、キーダーか、全てを放棄ほうきするトールでしかありえないのだ。

 アルガス解放でトールになった颯太が力をよみがえらせたことに、綾斗は細工を疑っていた。結局そうではないらしいが、前例あっての疑念ぎねんだったようだ。


 桃也はし目がちに「そうだ」と答える。

 けれど父親への荷担かたんだからと、彰人がそんな大それたことをするだろうか。そう思う反面、穏やかにはにかむ彼とは別に、どこか冷ややかな馴染み辛さを感じてしまうのも事実だ。一つ一つ疑問を解消していくと、彼を疑う要素が何一つ消えてしまう。


 二年前、テレビに映し出されたアルガス襲撃の光景は、今もはっきりと覚えている。ほんの僅かの時間だったが、建物を包む光や、落ちていく鉄塔てっとうに興奮しつつ恐怖を覚えた。


「けど、それは終わった話だ。アイツはもうキーダーで、きちんと仕事してる。ホルスの安藤とつながってるお前に本当のことを教えられなかったのは分かってくれよ?」


 美弦みつるがバスク上がりのキーダーをエリートだと言った意味が分かった気がする。

 桃也や平野ひらのもそうだが、彰人の力を目の当りにしたら自分を卑下してしまう気持ちにもなるだろう。

 律の所に彰人が居たのは、それが彼の仕事だからだ。そこに突然現れた修司など『ホルスの女に洗脳せんのうされたあわれなガキ』くらいの認識だったのかもしれない。


慰霊塔いれいとうに行った時、彰人さんは亡くなった女の子が好きな花だからって、ピンク色のガーベラを供えてたんです。それって桃也さんのお姉さんのことですよね?」

「はぁ?」


 彰人は人伝いに聞いたと言っていた。桃也は面食めんくらった顔で苦笑する。


「そんな情報どっから拾ってくんだよ。お前をアルガスにって保護を求めたのはアイツだからな?」


 ホルスが迎えに来たあの日、どうして綾斗と美弦があそこに居たのか不思議だった。


「彰人をうらむなよ」

「恨めないですよ、俺には……。ここに来れて良かったと思ってます。けど俺はまだ宙ぶらりんで、ここの事も今日の事も何も知りません。もし俺が今ここでキーダーを選んだら、一緒に連れて行ってくれますか? この力を持って生まれてきて、ずっと迷ってたけど。真実を隠されることが一番辛いってことが分かりました。だから……」


 悲痛に込み上げる涙をこらえて、修司は桃也にうったえた。


「だから俺は、キーダーになります」




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