40 笑顔の裏の本音

桃也とうやに会えるのは嬉しいよ。けど、やったぁって思う気持ちは、今日のお昼くらいまでだった気がする」

「まだ会っていないのに?」

「だって、会えたらもう次はサヨナラだから」


 介抱する綾斗あやとを相手に、京子が神妙な顔でぽつりと話す。

 押し黙って胸を押さえるその仕草に、修司は息を潜めた。


「重い女だと思うでしょ?」

「重たいって言うんですか? そういうの」

「違うのかな? 顔を合わせたら「好き」って言うのに、もう別れる時の事考えて寂しくなってる。次に会えるのが何ヶ月先になるのか分からないんだもん。二人の時間を楽しまなきゃって思うのに、全然そんなことできなくて。ヤな女だよね……って、何か変な話しちゃった。ごめん」 


 「いいえ」と首を振る綾斗は、睡魔に瞬きを繰り返す京子に少し困った笑顔を向けた。


「どうしたいか考えろって、朱羽あげはに良く言われるんだ。もうそういう時期なのかな」

「京子さんの気持ちの問題じゃないんですか? 急ぐことじゃないですよ」

「気持ち……か。なら、もう少し様子見てみようかな」

「うん」

「言いたいこと言ったら落ち着いた。ありがとね、綾斗」


 京子の恋愛の話だというのは、修司しゅうじにも理解できた。ただ、彼女のすぐ側で見守る綾斗の表情も、仕事だけの関係には見えない。

 けれど、かんぐるのは良くないと自分に言い聞かせて、修司はそれ以上の好奇心を閉じ込めるように唇を真横に結んだ。

 

 安心しきった顔で、京子はそのまま寝息を立て始める。獣とまではいかないが、少々荒々しいいびきが静まり返ったホールに響いた。


「あぁ、寝ちゃった」


 「しょうがないな」と零して、綾斗が修司を振り返る。


「予想と違った?」


 やはりバレていたらしい。

 唐突に聞かれ、修司は「はい」と二人に近付いた。


「年に何度かアルガスの各支部から代表を集めて、飲み会があるんだよ。一応、交流会って名目だけどね。ノーマルの幹部かんぶたちも居るんだけど、大酒飲みばっかだって話。京子さんも弱いのに好きだからね」

「そうなんですか。京子さん大丈夫なんですか?」

「久々に酔ってご機嫌だから平気。もう少ししたら部屋に連れてくから気にしないで」

「部屋って」

「あぁ、自室の事ね。別に家はあるんだけど、忙しい時とか何だかんだ理由付けて、すぐここに泊まろうとするんだよ。食堂に行けばご飯も食べられるしね」


 苦笑して、綾斗は京子から少し距離を置いて座り直した。


「それより、君がキーダーになるかは別として。ここに居る間は教育係を付けさせてもらうよ。明日そのトレーナーがここに来るから」

「もしかして、さっき話してた桃也とうやさんって人ですか?」

「そう。忙しい人だから期間限定になるけど。キーダーで、京子さんの……恋人だ」


 「やっぱり!」と思わず上げた声に、京子のいびきが重なる。


「桃也さんの拠点は一応ここなんだけど、外での仕事が多くてほとんど居ないんだ。今回も半年振り。けど君のトレーナーって事で少し長く居れそうだから、京子さんも嬉しいんだよ」


 キーダーの中でも仕事は色々あるらしい。修司は話を聞きながら何度も大きくうなずいた。


「あと、これは俺からの個人的な頼み。来たばっかりの君に余裕なんてないだろうけど、美弦みつるの事色々気に掛けてもらえないかな?」


 思い悩んだ表情を浮かべて、綾斗が肩を落とす。


「トレーナーの俺には弱音吐いてくれなくてさ。真面目だし能力はあるのに、彼女の中の目標値が高すぎて、実際とのギャップに自己否定気味なんだよ。そんなに急ぐ必要ないのにね。君には何でも言えるみたいだから、側に居てくれるだけで彼女も発散はっさんできると思うんだ」

「発散……ですか」


 発散とは当たり散らすことじゃないだろうか。

 美弦が修司に対する『何でも言える』の意味は、綾斗の言うものとは大分違う気がする。


「俺のできる範囲なら」

「それでいいよ」


 彼女が自分に本音を吐露とろしてくれるとは思えないが、力になれたらとは思う。

 少しずつ芽生え始めたキーダーになりたいという気持ちは、世界平和や英雄の称号しょうごうの為ではなく、美弦と同じ位置に立って事情を共有したいからだ。


 それが颯太そうたの思いを振り切ってしまうことだとしても……。



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