36 隠し事
「お前が謝ってどうすんだよ」
「ごめんなさい」と頭を下げる
「ホルスと関わってたって聞いて、心臓止まるかと思ったんだぜ。怪しいと思った時点で、あの二人をもっと警戒しとくべきだったな」
「…………」
「無事で良かった」
颯太はそのまま修司を抱きしめる。
修司は驚きつつも、大きなその手を受け入れた。いつも通りの彼の声と消毒液の匂いに、込み上げてくる涙を堪える。
「けど、伯父さんは……」
「俺の事は気にすんな。それにしても、あの女がホルスだったとはな」
「全くですよ」と
修司は颯太から離れ、キーダーの二人へ向き直る。
「修司くんが今まで面倒に巻き込まれなかったのは、単に運が良かっただけです。バスクは自由の解釈を間違えている。
「折角だが、ここに良い思い出がなくてね。アルガス解放で
「俺はキーダーとしてこの力を持って産まれたことを誇りだと思っています」
きっぱりと言い切る綾斗に向けた颯太の視線は冷ややかだ。
絵に描いたようなバスクが
「あぁ、そのタイプか。いるよな、そういうの」
「キーダーに対する印象なんて人それぞれで構わないと思いますけど、貴方が医師としてやった行為は犯罪です。もちろん免許は返納していただくことになりますよ」
今まで不安に思っていたことが全て現実として降りかかってくる。「伯父さん」と修司が呼び掛けると、数秒黙った颯太が「あぁ」と答えた。
「お前がホルスに捕まる位なら、大分好条件じゃねぇか」
緩く笑んだ表情に寂しさが垣間見える。
修司には現実を受け入れることしかできなかった。
「今いるトコの院長は昔からの馴染みでな。何も知らずに俺を
「
そんな綾斗の言葉がきっかけだった。颯太は表情を険しくさせ、修司を振り向く。
「俺の事、聞いたのか?」
突然の質問に修司が「え?」と首を傾げると、颯太がチラと綾斗に視線を送った。
綾斗は無言のまま首を横に振る。
「いや、流石にここじゃ隠せないだろ。あのな、俺はノーマルじゃねぇんだ。昔、ここに居たんだよ」
「居た? って。働いてたの?」
「いや。監禁されてたって言うのか? 二十年以上前だ。俺は今トールなんだぜ」
「……え?」
颯太を見上げたまま、修司は
耳に入ったはずの言葉の解釈を、脳が
「トール、って。伯父さんが? ちょっと待って、よく分からないんだけど……」
トールは元々能力者だった人間が力を消失させた状態を指す。
颯太は元からノーマルの筈だ。修司の母の兄で、産婦人科医。力を持っていた過去など聞いたこともない。
「黙ってたからな」と前置きして、颯太は衝撃の言葉を続ける。
「俺は昔キーダーで、隕石事件の少し前からアルガス解放までここに居たんだよ」
確かに颯太は力やアルガスに詳しかった。けれどそんなのは、今の時代パソコンを
「もう、あの時居た奴等は居ないんだろうな」
「何人かは他の支部にいらっしゃいますよ。
「
颯太が大舎卿の本名を口にして、途端にその過去が色濃くなる。
二十数年前のアルガス解放でトールを選んだ人たちの事を彼が「オッサン」と呼んでいたのは、ついこの間の事だ。隕石が落ちた日の騒動をテレビ画面で見ていたというのは、このアルガスでの事だったというのか。
語られた颯太の過去を「そうなんだ」と素直に受け取ることはできなかったが、黙っていた事への怒りも沸かなかった。
ただ驚いている――それだけで何も言葉が浮かばない。
「とりあえず数日は地下に
「酷い言われようだな。俺はコイツに同じ思いをさせたくなかっただけだ」
「今のアルガスは、貴方の居た頃とは違います。こうなる事は想定内だったんじゃないですか? それとも苗字を変えたことで気付かれないと思っていましたか?
数分前にタイムスリップしたような感覚に陥って、修司は「えっ」という声を絞り出す。
また知らない話だ。
颯太は困惑した表情を見せ、「先に言うなよ」と米神に指を押し当てながら綾斗を睨んだ。
「悪いな修司。俺はお前の爺さんの連れ子なんだよ。千春は婆さんの連れ子で再婚同志。だから俺は、千春ともお前とも血が
やめてくれと本気で思った。もう頭がキャパオーバーで逃げ出したくなった。
律がホルスだと驚いたのが数時間前の事だなんて思えない。
「ムリ」と小声で吐き出し、修司はきつく閉じた目を掌で塞いだ。
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