32 シークレット

「そりゃ、火あぶりとかじゃない?」


 横でしれっと答えた美弦みつるの言葉に驚愕と怒りが込み上げて、修司しゅうじは悲鳴に似た声を上げた。


 「こら」と綾斗あやとが注意する。


「そんなわけないだろ。美弦、ヒトをおどかすのは良くないよ」


 あきれ顔の綾斗に「はい」と肩をすくめ、美弦は修司にアカンベーを飛ばした。


「だって、キーダー隠しは重罪よ? 終身刑じゃ軽い方だわ」

「だったら名乗り出なかった俺も同罪です。一緒に罰を受けます」

「最初にバスクを選んだのは君じゃない。まだ高校生の君におとがめなんてないよ。君の伯父さんの気持ちも分からなくはないけど、野放しの力はそんな容易く扱えるものじゃないんだ。暴走したら誰かの命を奪う危険もあるし、苦しむのは自分自身もなんだよ?」


 感情を抑え込むように、綾斗は修司を睨む。

 反論の言葉など見つからなかった。修司はその通りだと頷くが、颯太そうたを非難する気持ちも湧かない。


「でも、ギリギリセーフかな。情状酌量の余地があるかどうか俺一人が判断できるものじゃないけど、君が逃げ出したりする素振そぶりを見せなければ、最悪からは逃してあげるから」

「ほんとですか? ありがとうございます!」


 最悪が示すものなんて想像したくもなかった。けれどうっすら希望が見えた気がして、修司は破顔して頭を下げる。

 綾斗は「まだわからないよ?」と眉をしかめた。


「君たちの何が罪かって、銀環をめないことへの危機感が薄すぎることだ。そんなだからホルスなんかに付け込まれるんだよ。律に、仲間になれって誘われなかった?」


 『私の側に居てくれない?』――あれは、そういう意味だったのだろうか。


「でも、ホルスだなんて知らなくて」

「そりゃあ、自分からそれを言うのは仲間として囲い込んでからに決まってるだろ?」


 それなら彰人あきひとはどうだろう。律の素性を知っていたから、彼女の誘いを断ったのだろうか。

 修司にホルスは駄目だと忠告までしてくれたのに、律の事は何一つ教えてはくれなかった。


 急に彰人に会いたいと思ってしまう。今日のこの状況を知ったら、彼は何と言うだろう。

 けれど連絡先は聞いていない。交わした言葉を思い出し、気持ちを留めた。


 ──『キーダーを選んだら、バスクとは一切関りを持たないこと』


「で、君はこれからどうしたい? こんな日が来るのは分かってたでしょ?」

「キーダーとトール……少し考えさせてもらってもいいですか?」

「もちろん。トールにはいつでもなれるけど、一度失ってしまった力は戻らないからね。けど、君の歳でここに来た以上、こっちも何もしない訳にはいかないし、十日間だけは猶予ゆうよをあげる。そこを過ぎて考えがまとまらなくても、他のキーダーと同じように訓練を受けてもらうよ?」


 「はい」と短く返事する。ここで決断するつもりが、また先延ばしにしてしまった。


「俺は上に君の事を報告してくるから、後は美弦に色々聞いて。美弦、後は任せたからね」


 ぴょこんと顔を起こした美弦が、「はいっ!」と緊張の混じる返事を返す。

 修司は、立ち上がる綾斗を「あの」と引き留めた。彼に聞きたいことが山ほどある。


「どうして俺の事分かったんですか? あと、二年前の襲撃の話──あの敵もホルスだったんですか?」


 勢いのままに早口で訊ねた。平野の事も脳裏をよぎったが、その二つが精一杯だった。

 綾斗は「うん――」と少し困り顔を傾けて、


「君に関しては、そうだな。律の捜査をしていて偶然見つけたって言うのが正しいかな。バスクで居た割には気配の消し方が甘いよ。普段は完璧なのに、たまに気が抜けるでしょ」

「……はい」

「二年前の事はトップシークレットだからね。君がキーダーになったら教えてあげる」


 そう言うと、改めて「じゃあ」と部屋を出て行った。



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