30 閉ざされた門の向こうへ

 ゆずるとはそこで別れ、修司しゅうじ綾斗あやとの運転する車でアルガスへ向かった。譲には綾斗がそれとなく説明してくれたようだが、正体はバレている筈だ。


 あのスーツを着た三人組は予想通りホルスの戦闘員せんとういんらしい。

 綾斗の力による拘束を解かれ、時間差で駆け付けたアルガスの施設員しせついんに連れて行かれた。


 そして安藤律あんどうりつという女性がホルスの幹部かんぶだと教えられて、修司は耳を疑った。気を付けろと言った颯太そうたの忠告がよみがえる。

 あんな古いアパートでつつましく暮らす彼女にそんな肩書があるなんて、人違いとしか思えなかった。無理矢理ホルスに引き込まれた下っ端ならまだ納得もできたのに。


 ――「何処にでもいるような、普通の人ってことでしょ?」


 譲の言葉に納得はしたけれど、こんな謎解きを望んでいたわけじゃない。


「俺はまだ、信じられません……」

「面倒に巻き込まれたね。バスクだった君はキーダーが嫌いかもしれないけど、俺が今一緒に居ることは、君にとって保護されたってことにはならない?」


 ハンドルを握る綾斗の手首には銀環ぎんかんが付いている。優しい音でなだめるが、律の正体を否定してはくれなかった。

 窓から見える風景が、律と初めて会った場所に似ている。あそこには綾斗と美弦も居たのに、修司は律と逃げることを選んだのだ。


 けれど、律に対する絶望感や嬉しい筈の美弦との再会よりも、今は颯太の事が気がかりでならない。

 修司がバスクだとバレてしまった今、そのルーツを問われる筈だ。自分の出生に係わった産婦人科医こそ亡くなった祖母と颯太なのだ。

 キーダー隠しは重罪だ。その事実が余計に今まで修司の意思をアルガスから遠避とおざけていた。


 長い渋滞を抜けたところで、フロントガラスの向こうにアルガスの茶色い建物が見えた。美弦と初めて会った日以来二年以上ぶりだが、相変わらず巨大な壁と門扉もんぴに閉ざされている。


「あれ、桃也とうやさん戻ってるんですか?」

「いや、あれは長官のだよ。また視察しさつだってさ」


 建物を見上げた美弦が、綾斗とそんな言葉を交わした。

 後部座席で横に座る美弦が「ほら見て」と建物の屋上を指し示す。そこに銀色のヘリを見つけて、修司は思わず眉をひそめた。

 律と彰人と行った山で、サーチライトを浴びせてきたあの機体に良く似ている。突如とつじょ沸いた恐怖に身をかがめると、「何してんのよ」と美弦が修司を覗き込んだ。


 そして、アルガスの扉が開く。

 覚悟を決める時が来たようだ。



   ☆

 護兵ごへいと呼ばれる二人の門番に導かれ、車が敷地内へと進む。

 壁の中は一見どこかの企業かホテルのようだ。

 車を降り、緑が香る芝の上を歩いて、修司はふと足を止めた。整然とした風景に外観の物々しさも薄れてしまうが、二年前ここで戦闘が起きたのを覚えている。


「えと、木崎きざきさん。ここって二年前に襲撃があった場所ですよね?」


 建物の手前で振り返った綾斗が「そうだよ」と苦笑した。


「俺の事は名前で呼んでくれていいから」


 「綾斗さん、ね」と美弦が補足し、修司も「綾斗さん」と繰り返すと、本人は満足そうに「うん」と頷いて側に飾られた胸像を見上げた。

 初老の男性モデルは、かつて隕石から日本を救ったと言われる大舎卿だいしゃきょうを連想させたが、台座には別の名前が記されている。


「これ、うちの長官でさ。一応、ここで一番偉い人だから」


 屋上のヘリはその長官の視察用だと言っていた。修司は頭上を仰ぐが、壁に近すぎてその姿は見えなかった。このアルガスで一番偉いのがキーダーでないことを改めて実感すると、少し残念な気持ちが沸いて来る。


「その二年前の襲撃で一度壊れてるから、まだ新しいんだ」

「こんな硬そうなの壊れるんですね」

「壊れるって言うか、敵に投げ付けたって言うか」

「投げ付けた?」

「もう武勇伝ですよね、それ。私ももう少し早く着任ちゃくにん出来てたら見れたのに」

 

 残念がる美弦は、スターのショーでも見逃したような口ぶりだ。


「これって持ち上がるものなんですか?」


 キーダーの念動力とはいえ、手に持てる程度の重さを飛ばせる威力だと勝手に解釈していた。

 胸像の台に手を触れてみるが、硬い石が地面にしっかりと固定されていて、両腕で抱え込んでも動かせる気はしない。ましてや手放しの状態で、それが例え切羽詰せっぱつまった状態だとしても武器にしようなどと考えることができるだろうか。


 さっき綾斗は男三人の動きを同時に止めていた。

 三人合わせればこの胸像の重量を超えてしまうかもしれないが、動きを止めるのと持ち上げるのとでは負荷が全く違う。更に攻撃として飛ばすなど、修司には神業としか思えない。

 あんぐりと口を開ける修司に、綾斗はにやりと笑って見せる。


「京子さんは怪力だから。まぁ、あんまりダメージは与えられなかったみたいだけどね」

「京子さん、って、田母神たもがみ京子……さん!」

「そう。知ってた?」

「詳しくはないですけど」


 颯太のパソコンで見たキーダーの一人で、律と同じ歳くらいだろう髪の長い女性だ。


 律もそうだが、力を持って産まれた女性というのはたくましい。

 初対面で全然だと言っていた美弦も、この二年の訓練でとっくに修司を上回っているだろう。

 そんな境遇に少しだけ嫉妬すると、何か言いたげな美弦と目が合う。

 けれど彼女は強く睨んでから視線を剝がし、綾斗を追って先に扉の奥へと移動してしまった。



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