22 誘い
暗い夜にヘリの音が響いて、
「気配消して! 隠れるわよ!」
言い切ると同時に全力で彼女に腕を引っ張られた。
瞬時に反応できなかった
恐怖を漏らす余裕すらない。離れた手を今度は自分から
律は百メートル程走った所で速度を落とし、「しゃがんで」と指示する。
さっきまで居た広場が遠くに見えた。天井の闇にポツリと打たれた紫の光はまだ遠いが、確実に音が近付いてくる。
律はずっと戦闘モードだ。その横で修司は必死に気配を閉じ込める。
逃げ出したくなる気持ちを、繋がれたままの律の手がそこへ留めた。
「
真上を過ぎる爆音に、死という言葉がよぎる。
アルガスのヘリなんてしょっちゅう見ている筈なのに、こんな音は耳にしたことがない。確実に自分たちが狙われている。
「もう駄目だ」と零れた声が、彼女に届いたかどうかは分からない。
次の瞬間突然に撃ち落とされたサーチライトに、修司は「うわぁあああ」と悲鳴を上げた。
「ただの光よ。キーダーは私たちを殺そうなんて思ってないわ」
言葉も理解できないくらいに
逆光で物々しく黒い影を見せつけてくるヘリの腹は、今まで見た中で一番大きい。
機体の後方には紫のテールランプが光っていた。青白いサーチライトがうろうろと辺りを探る。
修司は律にぴたりとくっついて身を
恐怖から我に返ったところで、ようやく修司も気付くことができた。
ホバリングしていた機体が再び動き出し、来た方向とは逆へと遠ざかっていく。
助かったと理解した
「良かったね」と律に横から抱きしめられ、ほんの少しだけ子供のように泣きじゃくる。
遠退いていく音を
「遠慮しなくていいのよ?」
「ふぅ」と
彰人は側に居ない。月明りしかないこんな山奥で、表情が分かるくらいの距離に彼女と二人きりだった。
頭を巡るワードから『恐怖』や『死』や『キーダー』の文字が薄れてしまうのは、何もなかったかのように彼女がいつも通りの笑顔を見せたからだ。
「さっきの修司くんの力、凄かったよ。初めてだなんて思えないくらい」
ヘリコプター騒動で大分前に感じるが、力を出し合ってからほんの十五分ほどしか経っていない。
「修司くんはキーダーになるか、今のままでいるか迷ってるって言ってたよね? それなら、もう少しこのままでいて、色々な世界を見るのは将来を決めるためにも良い機会だと思うの」
「色々な世界? 海外に行くってことですか?」
「ううん。私の側に居てくれない?」
魅惑的な視線に一瞬よぎった妄想を、そんな訳ないだろうと自分自身であっさり否定する。
律がこんな状況でからかう人でないことを知っている。だからこそ意図が読めず、修司は困惑した。
「どういう意味かわかりません」
「そのままよ。一緒に居たら楽しそうだなって。今のままじゃ次また会える保証がどこにもないでしょ? 一歩踏み込むってことなのかな。仲間になる、って言うの?」
「律さん、それは俺も思っていました。けど……」
もちろんです、と二つ返事で受け入れることができなかった。たった今起きたばかりの恐怖が、前向きな気持ちを
彼女と一緒に居るという事は、平野の店で身を隠していた時とは状況が違うのだ。
「急がなくていいから。でも、また会って欲しいな」
少女のような笑顔でそんなことを言う彼女と、今日で最後にはしたくない。
「俺も律さんにまた会いたいです。それって、彰人さんにも同じこと言ったんですか?」
気になって、聞いてみる。
自分だけであって欲しいと淡い期待を抱いたが、律は表情を陰らせて「誘ったよ」と答えた。その表情で彰人の答えが読めてしまい、修司は失言だったと後悔する。
「断られちゃったけどね。放浪者だから、一ケ所に留まるのは嫌なんですって。あの顔でそんなこと言うのよ。笑っちゃうでしょ?」
「放浪者、って。イメージと真逆ですね」
「でしょ? 彰人がずっと居てくれないのは寂しいけど、でもまだここに居たいって言ってくれたの」
嬉しそうに微笑んだ顔が一瞬で曇って、修司は息を呑んだ。
こんな時、暗がりのままならいいのに、よりによって月明りがはっきりとお互いを照らし出してしまう。
修司は精一杯の気持ちを込めて、彼女の右手を握りしめた。
「ありがとう」と少しだけ明るい律の笑顔。ホッとした空気を引き継ぐように、ガサガサと葉の擦れた音と共に「二人ともそこに居ますか?」と彰人の声が闇の奥から無事を尋ねた。
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