18 イケメンと美女と平凡な俺

 駅とは反対方向から現れたその男は、こちらに気付くと一度立ち止まって会釈えしゃくし、ゆっくりと歩み寄ってきた。


彰人あきひとよ、バスクの」


 世の希少種とも言える『イケメン』というタグを付けられる顔が、よくもまあ身近に幾つもあるものだ。

 やってきたその男は若い分、ダンディという一言で総称そうしょうさせる颯太そうたとは毛色が違う。テレビで見るアイドルのような華やかさはないが、それらと並べても遜色そんしょくのないオーラがにじみ出ていた。


「こんにちは。遠山彰人です」


 目の前で足を止め、彼が先に挨拶した。


保科ほしな修司です」

「うん、聞いてるよ。よろしくね」


 律と同じ二十代前半位だろうか。成長期真っ盛りの修司が少し見上げる位置から、爽やかな笑顔を振りまいてくる。

 律同様、見た目も気配もバスクには見えない。


 彼は更にイメージを強調させるように、手に大きな花束を抱えていた。

 場所柄違和感はないが、百合や菊ではなく、ピンク色の鮮やかな花とカスミソウという女子が好みそうな組み合わせで、律が横で「わぁ、可愛い」と更に愛らしい笑顔を広げた。


「ここで亡くなった少女が好きだった花らしいですよ」

「そうなの? これってガーベラよね。そっか、ここで犠牲になった四人のうち三人は家族だったって言うものね」


 『大晦日の白雪』の犠牲者は、破壊された民家に住んでいた家族のうち三人と、たまたま通りかかった一人だという。

 被害のあった半径八十メ-トルのほとんどは事件の前も公園で、大晦日の夜に大雪という条件が重なって最小限の被害で済んだらしい。


「そんなしんみりしないで。僕自身、四人には会ったこともないし、この花のことだって人伝いに聞いただけですから」


 急にしゅんとなる律をなだめ、彰人は献花台に花束を重ねた。彼に習って修司も律も手を合わせる。


 安らかにお眠りください、と形式ばかりの祈りを唱えて修司は早々に顔を起こす。

 しかし二人はまだ目を閉じたままで、修司は改めて彰人をこっそりと伺った。

 物腰が柔らかく、女子が嫉妬しっとしてしまいそうなキメ細かい肌。

 あぁ――世の中の女子はこんな人に恋するんだろうなと実感させられる。現に彼が現れて、律の表情がホッと緩んだのを修司は見逃さなかった。


 彼が来たことに対する『嬉しい』という感情が、自分へのそれとは明らかに違っている。律に恋してるわけではないけれど、少しだけ寂しいと思ってしまった。

 律がいて、彰人がいる。そこに自分の入る余裕なんてあるのだろうか。


「自分はここに居て良いのかな、なんて思ってるでしょ」


 いつの間にか目を開けていた律と視線が合って、心境をズバリ言い当てられてしまった。


「あっはは。僕の事なら気にしなくていいからね」


 彰人が笑うと、細められたまぶたに瞳が隠れた。気恥ずかしくなって修司が肩をすくめると、律が「それじゃ」と今日の目的が『慰霊塔への祈り』ではなかったことを発表する。


「修司くん、帰り遅くなるけど平気?」


 夕暮れ時にはまだ早い空の色。

 確認した腕時計が示すのはまだ五時前だ。


「時間は問題ないですけど……」


 何の不信感も抱かずに承諾したのは、行き先がきっと律の家や近郊だと思っていたからだ。


「よしっ、決まりね」


 指を鳴らす真似をして、律は詳しい説明もしないまま駅へ向かって足を弾ませた。


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