53 そして戦いが始まる

 ハイヒールを鳴らして屋上に姿を現したのは施設員のセナだ。

 「いたいた」と小走りに駆けて来て、両手に握り締めたイヤホンを京子と綾斗あやとに一つずつ渡す。

 ワイヤレスで耳に引っ掛けるタイプのものだ。


「通信機よ。横のボタンでマイクのスイッチが入るの。発信機も兼ねてるから付けておいてね。地下シェルターの通信室で私と雅敏まさとしさんが待機するから」


 銀環に付けられているというGPSは精度が低めで、同じエリア内での詳細までを読み取ることはできないらしい。

 セナは通信機の説明を一通りしたところで、「でもね」と整った眉をハの字にしかめた。


「古い機械だから心配なのよ。一応動作チェックはしたけど、ずっと倉庫に置いてあったものなの。バッテリーがどれだけもつか分からないから、マイクは使う時だけオンにしてね」


 試しにボタンを押した綾斗の声が「アー」と響き、京子はOKと合図する。今の所問題はないが、建物の装甲といい解放後のアルガスは大分平和だったようだ。


 京子は高い位置で髪の毛を束ね、イヤホンを付けた。普段イヤリングやピアスをしないせいで違和感を感じてしまうが、メガネ仕様の綾斗は更に邪魔そうに位置を何度も調整している。


「二人とも気を付けて」


 「ありがとうございます」と綾斗はイヤホンに触れる髪を耳に掛けた。


「セナさんは、早く下へ」


 京子が避難を促し、にっこりと笑んだセナが二人に背を向けた時だ。

 綾斗が海側へ振り向き、早口に叫んだ。


「来た! セナさん伏せて下さい!」


 一瞬遅れて京子もその気配に気付く。咄嗟とっさに腕を上げ、左の袖口に右手を刺し込んだ。

 ゴオッという風の音を合図に突如として現れた白く丸い炎が、闇に包まれた町を照明弾の如くカッと照らしつけた。

 光は数百メートル先からアルガスに向けて加速し、躊躇ちゅうちょなく建物の上部へ飛び込んでくる。


 元旦の時と同じ光だ。けれど大きさも威力も格段に増している。


 キーダー二人分の防御壁が宙で光の直撃を防ぐが、すぐにそれは突き破られ、轟音とともに屋上の端を弾き飛ばした。

 これでも威力を半減させたつもりだ。

 足元を突き上げる衝撃と吹き付ける熱風に、京子は「きゃあ」と身構え、今度は倒れるセナに駆け寄る。彼女を庇うように並んで、光の方角へと二人で趙馬刀ちょうばとうを構えた。


 屋上から四階にかけて、建物の角がえぐり落されている。下階の状況は見えないが、それでも壁の装甲がこうそうして被害は最小限に見えた。

 炎の色はなく、白い煙が立ち上っている。

 遅れて響いたレーダーからの警鐘が、甲高く鳴って空しく消えていった。


「セナさん、早く地下へ」


 綾斗が階段を示す。

 セナは驚愕と恐怖を顔に貼りつけたまま、足を引きずるように扉の奥へと駆け込んだ。

 同時にマサからの通信が入る。


『無事か? そこにセナさんも居るだろう? 敵の位置は?』

「今セナさんが地下へ向かいました。俺たちも無事です。敵はまだ確認できませんが、恐らく……はい、南の方角のビル。高い緑のビルです。父親のほうかと」

『緑の……あぁ、あそこか』

「けど、もう一人の気配はまだ感じられません」


 敵が二人だというのは、彰人あきひとから口頭で伝えられた情報だ。その信憑性しんぴょうせいを問われると口籠くちごもってしまうが、彼の言った通り戦いは始まってしまった。


 京子は暗闇に目を凝らす綾斗の視線を追う。

 高い緑のビルは、確か小さな印刷所だ。その屋上に京子も気配をぼんやりと感じ取ることが出来た。

 記憶を戻したことで、やはり少しずつ感覚が戻っているのかもしれない。


「俺、ビルに向かいます。気配を辿れば見つけられると思うんで」


 勇む綾斗を、マサは『いや』と止める。その声にセナの声が重なった。


『三人ともここを離れないで。戦えるのは三人しか居ないのよ? 敵の狙いがアルガスだって言うなら、迎撃体制で』

『爺さんは制御室の入口に一番近い非常階段の下だ。京子は正門。綾斗は北側の壁へ向かってくれ』


 マイクを入れて京子が「了解」と返事すると、『承知』と大舎卿だいしゃきょうの声が聞こえた。


『空など飛べるとは思わんが、奴等が何をするかわからん。頭上の警戒もおこたるなよ』


 見上げる空は晴れているのに、所々雲が邪魔して月明かりが届かない。まるで彰人たちを隠しているようだ。


「うん。みんな気をつけて」


 京子はマイクを切り、綾斗を連れて外へ突き出た非常階段を下りた。

 地上では大舎卿が「気を抜くなよ」と迎える。

 休む間もなく「行け」と合図する彼に、京子と綾斗はそれぞれの場所へと散った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る