49 戦いの準備を

『京子さんが桃也とうやさんを好きならって思ってましたけど、あの人に揺れるようなら俺、我慢しませんよ?』


 それはどういう意味なのだろうか。

 昼のファミレスでのことと言い、今日は綾斗あやとの言動に調子を狂わされてばかりだ。


 けれど気まずい空気が流れたのも僅かの間だった。

 電車の窓に顔を貼りつけていた綾斗が、改めて京子に「すみません」と謝る。そしてアルガスへの連絡を促した。

 真相は謎のままだが、彰人あきひとの告げた事態にやらなければならない事が山積みだ。


 アルガスの最寄り駅に着くと、すでに町には規制線きせいせんが張られていた。予想以上に対応が速いのは、上の人間も前々から予測していたという事だろうか。


 いつもならまだにぎわっている駅ビルはシャッターで閉ざされ、構内はまるで深夜かと見紛みまごう程にひっそりと二人の足音を響かせた。


 出口を塞ぐ三人の警備員に、サラリーマン風の男が「通せ」と盾突いている。

 大柄の警備員が憮然ぶぜんとして壁となり、両サイドの二人が男を駅の中へ戻るよう説得していた。

 その横を身分証をかざした京子と綾斗が制服姿ですり抜けていくと、「お前ら」と男が羽交い絞めにされながらわめくように声を上げる。


「爆破予告だかなんだか知らねぇが、俺の家に傷でもつけたら許さねぇからな」


 どうやら避難は【爆破予告があった】という名目で行われているらしい。

 京子は男へときびすを返し、深く頭を下げた。


「いいか、俺たちはお前等を信用してここに住んでるんだぞ。裏切るなよ!」

「最善を尽くします! ですから、避難をお願いします!」


 頭を垂れたまま京子が叫び、綾斗も横で頭を下げた。

 アルガス本部と工場だらけのこの町に住む人々は、それぞれ色々な思いを抱えているだろう。もしもが起きてしまった時、一人でも多く救いたいと思って訓練をしているつもりだ。

 京子が頭を上げると男は警備員への抵抗を止め、キーダーの二人へ叫ぶ。


「行け!」


 ありったけの声で「はい!」と返事して、二人はアルガスへ走り出す。

 暗い夜だった。

 普段なら煌々と灯る工場の明かりも消え、道に並ぶ街灯がぽつりぽつりと物悲しい色を落としている。

 その奥で、アルガスが一層強い光を放っていた。立方体の建物が下からのライトに照らし付けられ、起こるであろう戦闘を待ち構えている。


「京子さん、綾斗くん! お疲れ様です」


 門の前に立つ護兵ごへいの女が遠目に二人を見つけて、安堵あんどの声を響かせた。

 彼女はまだ若く、ここへ来て間もない。

 いつも被っている防寒用の帽子が鉄製のヘルメットに変わっていた。


「まだ何もない?」

「はいっ。今はみんなマサさんの指揮で動いていて、大舎卿だいしゃきょうはまだ戻られていません」

「そう。不安かもしれないけど、ここは頼んだよ」


 彼女と一緒に立つもう一人の護兵に「よろしくね」と託し、京子は開かれた扉を潜った。

 敷地の隅には消防車と救急車が配備されていたが、他に人影はない。


 ふと見上げたアルガスの建物がいつもと違うことに気付く。

 外壁が黒い金属の幕で被われ、窓は硬い板で塞がれていた。隙間からぼんやりと漏れる明かりが物々しさを漂わせている。


「何ですか、これ……」

「アルガスの要塞バージョンてトコだな」


 息を呑む綾斗に返事したのは、二人に気付いて駆け付けた制服姿のマサだった。

 彼と一緒に居た施設員の男が、敬礼して建物の中へ入っていく。


「お前の電話から総動員でここまで間に合わせた。二十五年前のアルガス開放で、対バスク用として国が作らせた防御壁なんだとよ。すげぇだろ」


 アルガスにこんな仕様があるなんて、京子は知らなかった。


「ボタン一つでこんなになっちまうんだぜ。多分一度も整備されてないけどな」

「それって大丈夫なの?」


 見た目には十分期待できるが、そんなことを聞いてしまうと少々不安だ。三階右端の窓は板が上半分開いていて、数人掛かりで中から補修しているのが見える。


「やられる時はやられるだろうし。大昔の技術でも、少しは時間稼ぎしてもらわねぇとな」

「そうだね」

「町の奴等はマニュアル通りに三箇所のシェルターに避難させた。敵本人の口から聞いたって攻撃予告だけじゃ、この町が精一杯だ。もう少しエリアを広げたかったんだけどな。国はよぉ、ど派手にノーマルを混乱させたのに結局何もなかったって事実は、金の無駄だと思ってるんだぜ。この装甲のボロさを見れば分かるだろ? 何か言い返せば、二言目にはその為のキーダーだろって吠えやがる。お前らにばっか負担かけちまって悪ぃが、頼んだぞ」

「……わかってるよ。キーダーは人類の盾なんだから」


 そんなことは百も承知なのに、ハッキリ言われると心が少しだけ痛んだ。


「全く、こんな時に長官は新春ツアーで鹿児島だとよ。ふざけてるよなぁ」

「また? 戻ってこないの?」


 ふざけている、と京子は彼の胸像を睨み付けた。

 長官が居た所で大して役には立たないと思うが、上がそんなにのんびりしていては士気が下がる。


「鹿児島じゃ無理だろうな。まぁ、いないほうがいいだろ」

「……帰ってきたら、絶対に一言言ってやるんだから!」


 そういえばこの間も長官は九州に行っていた気がする。


「そんなに向こうが好きなのかな。いいひとでもいるんじゃない?」


 皮肉たっぷりに呟いて、京子は建物から出てきた人影に顔を向けた。


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