24 キーダーの居ない町で

 仙台駅にある有名店に三十分並び、大盛りの牛タン定食を平らげた二人は、西口からしばらく歩いた商業ビルの二十五階へ立ち寄った。

このワンフロアがアルガスの東北支部だ。


 制服に着替え、渡された追加の資料を手に地下鉄で目的地へと移動する。

 郡山からは百キロ以上北に移動しているのに、海に近いせいか雪もなく暖かいとさえ思ってしまった。


「ここだよね」


 資料に貼りつけられた写真と風景を照らし合わせ、綾斗あやとが「ですね」とうなずく。

 勾当台こうとうだい公園から定禅寺じょうぜんじ通りを東に進んだ広い交差点だ。

 一般的な正月休みの最終日で、道行く人が制服姿の二人に涼しい視線を投げてくるのは、胸元の華やかなアスコットタイのせいなのかもしれない。キーダーの常駐しない土地では良くあることだ。


 交通量の多いこの場所で、一ヶ月前事件が起きた。

 小学一年生の少女が、不注意で走行中の乗用車の前へ飛び出したのだ。目撃者の多い事故だったが、その瞬間を見たという人はほんの僅かだ。


 誰もが最悪の結末を予感したその時、少女の身体は宙を舞った。

 乗用車との衝突で跳ね飛ばされたわけでもなく、本人の意思を無視して身体が車を避け、歩道へとのがれたらしい。

 歩道で尻餅をついた少女に怪我はなく、乗用車にも傷一つ確認できなかった。


 運転手は視界から少女が消えたと言い、少女は目を閉じていて何も見てはいないと言う。近くを走る車のドライブレコーダーも、その奇妙な様子を捕らえていた。


咄嗟とっさの判断でできるなんてすごいよね。現役の私たちと何が違うんだろうって思っちゃう」

「女の子に怪我がなくて何よりです。けど、バスクって訓練なしでそんなに力を使いこなすものなんですか?」

「人それぞれだとは思うよ。自分が能力者だっていう自覚がない人も居るからね。けどもし自分がそうだって思って一度力を使っちゃうと、途中からキーダーになろうなんては思えないみたい。バスクはキーダーから逃げ切るために、自主的に訓練するんだよ」

「そういう事か。確かに俺も、こっそりやってましたからね」


 十五歳を待たずに力を覚醒させた綾斗は、前倒しでアルガスに入っている。

 京子は「でしょ?」と笑って、資料をバッグに押し込んだ。


「先週、山梨に旅行してるって。間違いないね」


 綾斗は同じ資料をめくって、相手の顔写真が載ったページを探した。出てきたのは白髪の交じった五分刈りの男だ。

 釣りあがった眉毛に、少し下がった細い目尻。ほおが浅くこけていて、正義の味方というよりは犯罪者的な人相に見えてしまう。


 この交差点に居合わせた彼がバスクの能力で少女を助けたという可能性を追い、身柄の確保と真相の解明が今回の二人の仕事だ。キーダー不在の東北支部では判断しきれず、関東に応援要請が出た。


 京子は歩行者を避けて公園前の歩道にしゃがみ、コンクリートに手を触れる。車の騒音から耳を澄まし、その気配を感じ取った。


「結構濃く残ってますね」


 綾斗は立ったまま足元を見回し、人差し指で自分の鼻をでた。


「そこでわかるの? 私はこれでやっとなのに」

「京子さんって攻撃力は大舎卿だいしゃきょう並みなのに意外とそっちは鈍いんですね。俺の気配は分かりますか?」

「そういえば、力使ってる時以外は感じないね」

「やった、結構得意なんですよ。どっちかと言えば戦闘力を上げたいんですけど。北陸に居た時、一通り指導員に教えてもらいました」

「そっか。綾斗ってつい新人だと思っちゃうけど、ちゃんと訓練してきてるんだよね」


 二年半能登の訓練施設に居た綾斗とは違い、十五歳からずっと関東本部にいる京子はキーダーのノウハウを全て大舎卿とマサに教えられた。


「羨ましいな。指導員って、やよいさんでしょ?」

「そうです。やよいさんに色々教えてもらったんですよ」


 能登の訓練施設には北陸支部が併設されていて、やよいともう一人の男性キーダーが在籍している。二人はマサの同期で、京子にとって姉や兄のような存在だった。


「爺はそんなこと教えてくれなかったなぁ」

「銀環してると力の気配って大分抑えられる筈なのに、大舎卿も京子さんもダダ漏れですからね」

「ダダ漏れってヤな表現しないで」


 何度か試したことはあるが、なかなかうまく行かないものだ。


「覚えなきゃいけないとは思ってるんだけどね」


 公園で突然襲われた元旦の事件もそうだ。

 京子が狙われたとすれば、原因はそこにあるはずだ。今まで気配を消すことなど大して重要視してこなかったが、それを追って相手が京子に辿り着いたとなれば、危機感を感じなければならない。


 「頑張って下さい」と綾斗は再び資料に視線を落とし、ふと複雑な表情を浮かべて京子を呼んだ。


「京子さん、東京に帰るまで昨日みたいのはごめんですよ?」

「どうしたの、急に」

「仕事中に、あんな醜態しゅうたいさらさないで下さい、ってことです」


 くるりと振り向いた綾斗の視線は京子を貫くほどに鋭い。京子は慌てて彼の手元を覗き込み、資料の中にその文字を見つけた。


 平野芳高ひらのよしたか──それが今回の調査対象だ。彼は仙台の歓楽街で、バーのマスターをしているらしい。


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